交換前の古い駆動魔導器が残っているとはいえ、すぐに調整など出来るわけではない。このまましばらくは潮の流れに乗って漂流することになりそうだ。
とはいえ、どうせ皆の頭の中もこんがらがってるのだから、そう悪いことでもないだろう。ゆっくりと考える時間があるというのは。
船室のベッドで転がっていると、普段と変わらない様子のユーリが入ってきた。いつものように皆のところへ行って話をしてきたのだろうか。
私の転がるベッドにすとんと腰を落ち着けた。無視も出来なくて、上体を起こしながら名前を呼ぶと、はじめてユーリと目が合った。
「疲れてるならもう寝たら?どうせしばらくはこのままだし」
「それはナマエも同じだろ。まだ寝ないのか?」
「私も皆と一緒だよ。わからないことだらけで頭の中どうにかなっちゃいそう」
ジュディスの目的。騎士団や魔狩りの剣が聖核を狙う理由。始祖の隷長が満月の子を忌み嫌う訳。そもそも始祖の隷長や満月の子とはなんなのか。
ぱっと上げただけでもわからないことがこれだけある。
「ジュディのこと驚かないんだな」
「これでも十分驚いてるんだけどね。ジュディスが竜使いだったってことに限れば思い当たるふしがないわけではないし、けどなんでいきなり……」
彼女は魔導器を壊して回っている。だけどずっと行動を共にしていた私たちの武醒魔導器は無事なままだ。その基準はなんなのか。
「ねえ、ユーリに私がミョウジの娘だって言ったのはラゴウ?」
「…………そうだ。だけどそれまででもなんとなくな。娘で、騎士の奴らとも面識があったから顔を隠してたと考えたら辻褄が合う。フレンみたいな若い騎士の前では素顔だったしな」
「なんだ、全然隠せてなかったんだ私」
自分ではちゃんと隠せているつもりだった。なのに見てる人間にはこうもバレてしまうなんて、ラゴウの言葉などユーリの中ではきっかけに過ぎなかったのだろう。
「私、ラゴウが死んだって聞いたとき、実はすこしホッとした。だってもうポリーみたいな目にあう子はいなくなるし、私の正体もバレないって」
もしラゴウが大々的に私を見つけたと発表すれば、騎士団の人間は私を見逃してくれないだろう。
前隊長首席に先帝殺しなどという不名誉な疑惑があるのだ。いや、ミョウジ疑惑などと言われているが、ほとんど確定されているようなものだ。
でなければ捜査をしたのは騎士団なのだから、不確かな情報で身内の不祥事を表立って発表するわけがない。
身内だからこそ騎士団がかたをつけなければならない。その最大の手がかりとも言える娘を逃がすわけがない。
もしラゴウのような人間が一言「あれはミョウジの娘だ」と断定すれば私は終わりだ。ヘリオードのときとは違う。地位ある人間の発言は、ときにどんな証拠品よりも重要視される。
その場合、評議会は重大な事件の解決に協力したと、また一つカードを得ることになっただろう。そうなると騎士団としては痛い。おかげでラゴウが発表するよりも早く騎士団の人間に消されるすらあった。
騎士団からすれば娘がいたとしても肝心の親が見つからなければ手柄にはならない。その点、評議会が私の身柄を確保すれば、彼らの手先として騎士団全体を陥れる証言をする可能性すら見出されていただろう。
そういった可能性や、再び不祥事を思い出させるよりかは噂話の通り死んでいてもらったほうが今の時勢では騎士団に有利だ。
「だから騎士団の目の届かないデズエールまで来たのにね。まあおかげでパティと会えたんだけど」
「でもナマエの両親って亡くなったって言ってなかったか?」
「母は私が小さい頃に病死。父も…………死んでると思う」
わけがわからない、表情でユーリはそう訴えていたが、私も詳しく説明出来るほどの情報を持っていない。自分のことのはずなのに、ひどくおかしい。
「騒動の中で、はぐれて…………それきり会ってないの」
「じゃあ生きてどこかに隠れてる可能性だってあるだろ」
「でも……やっぱり死んでると思う」
指先に固い物が当たる。知らず知らずに髪飾りに手を伸ばしていたらしい。そっと外してみるが、まだまだ技術が未熟だった頃に作ったせいで、細部の造りは非常に荒く、本物には程遠い。
髪飾りは母の形見である魔導器を模したものだった。本物は父が持っており、私が立派な大人になったら譲ってくれる約束だった。
なのにそれを持った父も死んでしまって、私にとってはこれが両親の形見のようなものだ。
「ユーリは、私のお父さんも……もし生きていたら殺すの?」
ずっとそれを考えていた。
父は本当に先帝を殺していて、だから私が騎士団に追われるのも仕方ないんじゃないかって。
優しかった父を信じたかった。今でも信じている。だけど人々の心ない噂話や疑惑の目には耐えられず、もしかしたら……という思いがないわけではない。
私がアイフリードの無実を信じるのは、実はそうやって父と重なる部分があるからなのかもしれない。
「ナマエの父親だろうが、消さなきゃいけないような奴ならそうするだろうな」
「そ、う……」
「ただ俺は噂話で善悪を決めるつもりはない。自分の目で確かめて、それで決めることだ」
ユーリの言葉が耳に届くと同時に、勝手に涙が溢れ出てきた。
一方的に父を悪と決めつけるわけでも、無条件に父を庇うでもない。ただ自分の目で確かめると。その言葉が無性に嬉しかった。
おかげで私はもうすこしだけ父を信じて頑張れる。
「ユーリ、ありがとう……」
泣いているところを見られないように立ち上がり、彼に背を向けたままそう告げて、私は船室を後にした。
大嫌いな海の上なのに、肩がすこし軽くなった気がした。
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