ベリウスにそれ以上話を聞くことは出来なかった。闘技場に魔狩りの剣が踏み込んできてそれどころではなくなってしまったのだ。
ギルド同士の抗争は厳禁なのに、なぜ魔狩りの剣が。おかげで夜だというのに、あちこちから鉄のぶつかる音と人のうめき声が聞こえている。
「闘技場は現在、魔狩りの剣が制圧した!速やかに退去せよ!」
ベリウスに頼まれ、ナッツを探しにアリーナまでやってきたが、そこにも魔狩りの剣が入り込んでいた。
信じられないことに、これはユニオンから直々に依頼された仕事だと、その中央にいるナンは言う。それを裏付けるかのように、その傍らにはドンの孫であるハリーの姿もあった。
「ちょっと、何がどうなってるのよ?」
ドンに近しい位置に存在しているレイヴンですら状況が把握出来ていない。
当たり前だ。なにもかもがいきなりすぎる。レイヴンはドンからの命令でベリウスに書状を持ってきた。そこにユニオンからの依頼で魔狩りの剣が襲ってくるなんて。
「おまえもドンに命令されたろ?聖核を探せって」
「ああ、でも聖核とこの騒ぎ、何の関係があるってんだ」
こうなった訳が知りたい。
だけどハリーが答えるよりも早く、ジュディスがなにかを見つけたのか何も言わず駆けていく。彼女を目で追うと、その先には探していたナッツがいた。彼は魔狩りの剣に囲まれて身動きが出来ないようだ。
ハリーから話を聞くのは後だ。レイヴンの袖を引っ張り、私たちもナッツの元へ走る。
「エステル、そっちは任せたから」
「はい、もちろんです!」
ナッツのことはエステルに任せ、彼を取り囲んでいた奴らをどうにか蹴散らす。
魔狩りの剣の末端とはいえ、魔物狩りを生業としている人間だ。戦うのが本業ではない私には荷が重く、全くの無傷というわけにはいかなかった。
「なんとか間に合ったようね」
「あんた治癒術師だったんだな。おかげで命拾いしたよ」
それでも私たちが奴らを蹴散らしている間にエステルがうまいことやってくれたようで、ナッツは完治とまではいかないが、武器を担ぎ動けるまでには回復した。
これで目標達成だ。
となれば、次はベリウスの方が心配になる。彼女の元には魔狩りの剣の首領がいるのだ。
一先ず彼女のところへ戻るべきか。思案していると突然、頭上から硝子の割れる音と共にそのベリウスと、彼女を狙っていた二人が落ちてきた。
細かい硝子の破片が辺りに舞う。それを掻い潜ってベリウスの元へ駆け寄る。
「ベリウス様!」
「ナッツ。無事のようだの。まだやるか、人間ども!」
さすがのベリウスも既に満身創痍といった様子だ。だけども彼ら魔狩りの剣に引いてくれる気配はない。当然だ、彼らは純粋にユニオンからの依頼をこなしているのだけなのだから。
「……この……悪の根源……め……」
「あいつが悪の根源?んなわけねぇだろ。よく見てみやがれ!」
「魔物は悪と決まっている……!ゆえに狩る!魔狩りの剣が、我々が……!」
「この石頭ども!」
何を言っても彼らは引いてくれそうにない。このままじゃドンの親友が、戦士の殿堂の首領が殺されてしまう。それだけは避けなければならない。
ベリウスを庇うように前に出たはいいが、魔狩りの剣の首領ーークリントとティソン相手に勝てるとは思えない。
それに魔狩りの剣のメンバーはこれだけではない。時間をかければかけるほど不利になるのはこちらだ。
低い姿勢でベリウスに遅いかかろうとするティソンの横腹を剣で叩いて向きを変える。
殺すつもりはないが、手加減も出来ない。いくらか骨が折れるかもしれない。彼が転がった先でジュディスがうまいこと食い止めてくれることに期待した、そのときだったーー。
「ぐぁああああっ!」
背に庇っていたはずのベリウスから咆哮ともいえるような悲鳴が上がる。その側には目を見開いて自らの両手を眺めるエステルがいる。
「エステル、なにをしたの?」
「私の、せい…………私がベリウスに術をかけたから……」
自我を失ったのか、激しく暴れはじめたベリウスにはナッツの制止する声も届かない。
呆然とするエステルを突き飛ばし、ベリウスの視界から外すが、訳もわからず暴れていくせいで闘技場を支える柱が崩れてしまった。このまま続けられると闘技場自体が崩れてしまう。
「戦って止めるしかないのか!」
「でも、こんなの相手に手加減なんて出来ないわよ!こっちがやられちゃう!」
「そんなのって……!」
覚悟を決めるしかない。このまま闘技場が崩れて死ぬのも、自我を失ったベリウスに殺されるのも御免だ。
「やらないとやられる、か……悪いがやらせてもらうぜ……」
「……わらわを殺せ……」
時折、僅かばかりに残った自我が顔を出すが、またすぐに消え去ってしまう。
エステルの治癒術が、ベリウスにどんな変化をもたらしたというのか。世界の毒、フェローの言葉はこういった意味だったのか。
「さよならベリウス……私はあなたを、殺す」
ベリウスを止めたい。闘技場を守りたい。この場にいる人の命を守りたい。
そんなの全部言い訳に過ぎない。ただ自分が生き残りたい、それだけの為にベリウスを、殺す。
握り締めたスティレットがわずかばかり熱をもった気がした。
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