カドスの厳重な封鎖とは裏腹に、ノードポリカの街へはあっさりと入ることが出来た。街中に騎士の姿はちらほらと見受けられるが、私の知らないうちにあったという騒動とやらを考えれば妥当だろう。
 すこし窮屈な感じはするが、騒動さえ起こさなければ問題はない。

 色々とあったせいで、べリウスに会えるという新月は今夜だ。ぎりぎりだが、なんとか間に合ってよかった。間に合わなければ彼らはあと一月はここから離れられない。

 私とパティといえば、麗しの星を探す為、海に出ようと砂漠からここまで戻ってきたのだが、肝心のパティがまだどこかすっきりとしない面持ちだ。


「うちも、ユーリたちともうすこーしだけ一緒にいてもいいかの?」


 ぽつりと出た言葉。それに付け加えるように、ここで別れても行った先でまた会うような気がするというひどく最もな理由が飛び出てきた。
 それが本音なのか建前なのかは分からないが、ユーリたちと一緒にいたいというのは本当だろう。


「ナマエ姐もそれでいいかの?」
「パティがそうしたいなら。私はどこまでもパティに着いていくよ」
「来たいなら着いてこい。今更、道連れが一人や二人増えたって困りゃしねえよ」


 ユーリの許可も貰えたところで、宿屋へと向かう。会えるのは新月の夜。日がさんさんと昇っている今では駄目なのだ。

 本音を言うと、新月の夜にしか会えないという"戦士の殿堂"の統領には興味があった。これを逃せばお目にかかる機会などなかなかないだろう。だからパティがユーリたちとの同行を勝手に決めたことで気に病む必要などないのだ。
 窓の外で次第に傾いていく陽を見ながら、胸の中は緊張と好奇心ではち切れそうだった。

 夜の帳が下り、いよいよといった面持ちでべリウスの元へと向かう。カロルはギルドの大物に会うということで、緊張で体を震わしている。
 私も多少は緊張するが、それより扉の先へ進むときに"戦士の殿堂"の幹部であるナッツに言われたことが気になった。
 ーーくれぐれも中で見たことは、他言無用で願いたい。
 そうまで言う何かが中にあると考えると鼓動がはやくなる。


「え、ええっ……!こ、これ何?」
「ほんと、すごく暗いねえ……見事に何も見えないよ」


 完全なる暗闇の世界に、動きを止める。下手に動いて怪我をしては危ないからだ。ここに来るまでは一本道だった。だから部屋を間違えたというわけではないだろう。
 だけどその戸惑いもすぐに消える。数秒待てば、部屋の四隅に置かれた燭台に一人手に炎が灯る。そして浮かび上がるのは、巨大な狐のような魔物の姿。


「ったく、豪華なお食事付きかと期待していたのに、罠とはね」


 ユーリがすぐさま剣を抜く。
 だけどその魔物の姿は、どことなくダングレストで見たフェローを思い出させる。


「わらわがノードポリカの統領、戦士の殿堂を束ねるべリウスじゃ」


 その言葉に、べリウスの正体を知っていた素振りのジュディス以外、勿論私も驚きを隠せない。
 フェローという言葉を操る魔物の存在を知っていて、この目で見たはずなのに、それでもべリウスの正体が同じものだったというのを驚かずにいられないのだ。


「あんた、始祖の隷長だな?」
「左様じゃ」
「じゃ、じゃあ、この街を作った古い一族ってのは……」
「わらわのことじゃ」
「この街ができたのは、何百年も何百年も昔……ってことは……」
「左様、わらわはその頃からこの街を統治してきた」


 べリウスは気分を害した様子もなく、ゆったりと、だけど気品溢れる話し方でひとつひとつに答えていく。

 それと反対に私は、明かされる真実に追いつこうと、脳を必死に回転させる。それでも不測の事態に弱い私の頭は情報を吸収するのに精一杯で、その情報を元に何かを考える余裕はない。


「…………ドンのじいさん、知ってて隠してやがったな」
「そなたは?」
「ドン・ホワイトホースの部下のレイヴン。書状を持ってきたぜ。いまさらじいさんが誰と知り合いでも驚かねえけど、いったいどういう関係なのよ?」


 レイヴンが手紙を渡しながら口にした小さな疑問に、べリウスは昔を懐かしむように頬を緩めた。
 ドンとべリウスは人魔戦争の折に知り合ったらしいが、その戦争の黒幕ではという噂はきっぱりと否定された。自分は始祖の隷長としての務めに従ったまでだと。
 話しながらも手紙に目を通し終えたべリウスは、ドンからの申し出であるフェローとの仲介を二つ返事で了承した。


「さて、用向きは書状だけではあるまい。のう。満月の子よ」


 べリウスの言葉に、エステルがはっと顔を上げる。その瞳にはいくらか不安の色が混ざっている。


「わかるの?エステルが満月の子だって……」
「我ら始祖の隷長は、満月の子を感じる事が出来るのじゃ。その娘だけでない、そこの隅におる娘も力は劣るが満月の子であろう?」


 情報の処理に忙しかった私は、そのべリウスの言葉を理解するのが皆より遅かった。おかげで私が意味を理解した頃には、皆からの視線が痛いくらいに突き刺さっていた。


「………………………もしかして、私のこと?」
「左様」


 周りの目がなければ頭を抱えて叫び出したいところだが、必死に抑える。
 私が満月の子?思い当たることがなくて戸惑っているのではない。その逆だ。他の人とは異なる特徴がありありと思い浮かんできて、一気に憂鬱になる。

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