朝、いつもより早く目が覚めた気がしたが街の出口に向かうとユーリ以外の皆は既に揃っていた。その彼も、五分と待たないうちにやって来たが。
ライラとアルフの両親もそこにはおり、凜々の明星は二人を送ってまずマンタイクに行くらしい。リタはカドスの喉笛のエアルクレーネに。レイヴンはベリウスに手紙を届けに。エステルもとりあえずフェローを諦めて、ベリウスに話を聞くらしい。
そして私とパティは海に出るためにノードポリカを目指す。またもや進行方向が同じなので、まだまだ彼らとは一緒らしい。
* * *
砂漠を越え、ようやくマンタイクまで戻ってくると、街には来るときよりも人影が多く感じた。だけどその人影の正体が分かった瞬間、私は慌ててフードを被った。
「ほらほら、早く乗りな。楽しい旅に連れてってあげるんだ、ね?」
「そんな、私たちがいないと子どもたちは……!」
「翼のある巨大な魔物を殺して死骸を持ってくれば、お金はやるよ。そうしたら子どもともども楽な生活が遅れるんだよ」
住民に権力を盾に言うことを聞かせるキュモールの姿がそこにはあった。怒鳴りつけて、脅して、無理やり住民たちを馬車に乗せている。
ライラとアルフの両親もこうして砂漠に連れていかれ、そして危うく死ぬところだったのだ。
翼のある巨大な魔物というのはフェローのことだと思うが、帝国がどうしてフェローを狙うのか分からない。
ダングレストを襲ったところを見て、危険があると判断したのだろうか。だけどわざわざこんなことをしてまで狩る必要性もないだろう。
彼らに同情しないわけではないが、生憎、私たちにはどうすることも出来ない。エステルの言うことすら聞かないような相手だ。どうしようもない。
せいぜいカロルが頑張って馬車も車輪を外し、時間を稼ぐぐらいだ。
宿屋に行くと、その入口にも騎士がおり、私はここでも気が抜けそうにない。
肩が凝るような気持ちで部屋に入り、そこで皆が集まり先ほどのことについて話をはじめる。
「あいつら、フェロー捕まえてどうすんのかね」
「わかりません、ですけど……このままだと大人たちはみんな残らず砂漠行きです」
「どうしてもというなら帝都に帰って騎士団長に訴えてみれば?」
街の大人たちを全員砂漠に送り込んでも、きっとフェローは捕まえられないだろう。子どもだけの街なんて帝国から見て何の価値もない。街一つ分の税収が消えるのだ。そんなことを騎士団長が命じるとは思えない。
「でもそんな時間は…………そうだ、フレンなら」
「フレンは、どこにいるの?」
「それは……」
口篭り俯くエステル。
目の前の問題をどうにかしようと必死だが、彼女はベリウスに話を聞くためにノードポリカに行くことを決めたばかりではなかったのか。そちらの目標を達成するために今は諦めるべき。
そう言われて口では分かってると言うが、本当のところは諦めきれてない気持ちが丸分かりだ。
私もリタやジュディスたちの言うように、今はノードポリカを目指すほうが賢いとは思う。だけどエステルの目の前の困っている人を諦めないところ、見ているのは嫌いじゃない。
話を終えて部屋に戻る。パティはベッドに飛び込んですぐ寝息を立てている。その気持ちいい寝方に私も眠気を誘われたが、ふと窓の外を見るとユーリがどこかに行くようだった。
窓を開けてどこに行くのか声をかけたかったが、覚悟を決めたかのような横顔に躊躇してしまう。そうしているうちにユーリの姿は見えなくなり、宿の入口から激しい物音がする。
「一人残らず拘束しろ!一人残らずだ!」
どたばたという揉み合うような音に、静かに扉から顔を覗かせる。するとそこではずっと宿屋の主人を見張っていた騎士が別の騎士に取り押さえられていた。
取り押さえている騎士の鎧は鮮やかな空色、フレン隊の騎士だ。
街の様子を確認すると、今まで外出を禁じられていた人々が一斉に外に出、口々にフレンを讃えている。
その人々はどんどんと増えていき、次第にお祭り騒ぎのようになっていった。おかげで眠りについていたはずのパティも宿を飛び出して行ってしまう。
私はというと、騎士たちがうじゃうじゃいる街中に出かけるほど馬鹿じゃない。宿屋の中で大人しくしている他ない。
仕方ないとはいえ、つまらない。一人、部屋で不貞腐れていると、誰もいないはずなのに扉を叩く音が聞こえた。
疑問に思いながら薄らと扉を開くと、その隙間から紫色の羽織が見えた。
「あれ、外に行ってたんじゃなかったの?」
一二の早さで宿屋を飛び出して行ったはずのレイヴンが扉の前に立っていれば、誰だって驚くだろう。
「ナマエちゃんだけいなかったから、おっさん心配で見に来たのよ」
「それはありがとう。でも私のことは気にしないで楽しんできて」
「そう言うこと思ったから、これ」
ぽんと手に載せられたのは、小さな包み紙。これはなにかと聞くよりはやく、レイヴンは片手を上げて雑踏の中に戻っていってしまう。
いったいなんだったのか。扉を閉めて、包み紙をほどいてみると中からは小さな砂糖菓子が出てきた。きっと外のお祭り騒ぎで配られたのだろう。色とりどりのそれをひとつ口に入れると、口の中に甘味が広がっていった。
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