Bloody Mary
episode.01




その男は、巷では人気の青年実業家だったらしい。

彼に媚びを売るたくさんの人間たちは
さながら、角砂糖に群がる蟻の様で。

そんなことがあまりにも続くものだから、
彼はいつからか自分の立場を少しずつ勘違いし始めて、
最終的には器に見合わない金と役職を手にしてしまった。



「あかんなぁ。さすがに今回はあかんと思うで。」



夕焼けが差し込む雑居ビルのとある一室。



「堅気が手ェ出してええところは超越しとんとちゃうんかなぁ。わからんかったわけやないやろ?誰の差し金や?あ?」



低く笑いながら、男の真正面に陣取る真島は黒革のソファの上で足を組み直すと、
その膝の上で両の手の指を組んで、これ見よがしに、パキリと骨を鳴らした。


追い詰められた男は、そんな状態でも未だに悔しそうに唇を噛み締める。

けれど、その唇の端からは血が溢れているし、
頬骨のあたりはすっかり腫れ上がって色男が台無しだ。
有名ブランドのスーツもすっかり汚れて、
キラリといやらしい輝きを放っていたカフスは片方は何処かへ行ってしまっている。

そんな状態なのに、未だに打開策があるはずだと、
諦めぬ姿勢を貫く姿勢は、思ったよりも骨のある男なのかもしれないと、真島は思った。
これ以降の態度によっては、
男に対する方針を改めてやってももしかしたら良いのかもしれない。

けれど。



ゴリッ、と鈍い音を立てて、透子がグリップを握るジェリコ941の銃口はその男のこめかみへと押し付けられた。



「これ以上は時間の無駄よ。あまり手を煩わせないで頂戴。」



その様子に真島は、ため息をついた。

毎度の事ながら。透子の気の短さは筋金入りで。

例えば、
信号待ちの赤信号の長さ然り、
通勤ラッシュ時の踏切然り、
コンビニでお弁当を温めてもらっている時間すら、
彼女にとっては耐え難い時間なのだ。


光沢のある漆黒の生地で仕立てられたチャイナドレスを身に纏い、
艶のある黒髪は高めの位置でひとくくりにされていて、
真っ赤な唇が印象的な彼女の名前は透子という。


本人曰く、真島組に属しているわけではないけれど
一番仕事のし易い環境なので暫くの間身を置いている関係、らしい。



「くそっ!こんな所で、終われるかっ!!」



窮地に追いやられた人間とは、どうしてこんなにも短絡的になってしまうのだろうか。
否、短絡的なのではなく、おそらくは思考を停止させただけの事だろうが。


先ほどまではいくらか冷静であった男も、
銃口という極めて非現実な物質にキスをされた瞬間から
彼の脳味噌にふつふつと湧き上がる恐怖と
それを上回る興奮が
唐突に彼の思考回路をぶっ壊した。



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