青い果実



返却された答案用紙。


確かに今回、あまり勉強に時間を割いていられなかったのは事実で。
それでも平均点はクリアするかと予想していた。



「今回赤点のやつは今日の放課後、補習だ。分かったな?」



そう言う桐生の目線の先がとらえているのは馬場だった。
他の生徒は赤点を免れたのだろうか、みんな各々の点数についてあれやこれやと騒いでいる。

桐生のその態度からおそらく補習は自分1人なんだろうなとバツが悪そうに目を泳がせる。





「馬場、今回はどうした。お前頭は悪くねぇだろ」

放課後の生徒指導室で、馬場と桐生は向かい合っていた。
補習の締めくくりの小テストを桐生が採点している。



馬場は居心地が悪そうに椅子に座ってぼんやりとグランドを眺めていた。


グランドでは夕焼けの眩しい光の中で、野球部が青春の汗を流している。
そんな馬場の額をペシッと音を立て、桐生は採点の終わったテストでたたく。



「オーケーだ。やりゃあできるんだから最初っからちゃんとやれ。」

「すいません。」



ぺこっと首だけを動かして、馬場は挨拶もそこそこに生徒指導室を出た。



ここの所、部活に時間を費やしすぎていた結果の今回の補習。
どうも自分は何かを両立するということに向いていないようだ。



(今日はもう帰るか…)



元々好きで始めたわけじゃないけど、顧問と同級生に誘われて入った野球部。

白いボールを追いかけるのは嫌いじゃない。
バットを振るのも嫌いじゃない。


あと少しで面白さが理解できそうで、できないような。



廊下の窓からもグランドはよく見える。
立ち止まり、見知った部員たちが忙しなく動き回っている。



ノック練習を始めるのだろうか、
ちょうど品田がバッターボックスに入った。

ほどなくしてピッチャーが振り被る。


(この球は、

・・・打つ)



カキィーーーン…



窓の向こうで響く金属音。

その音を聞いて、馬場はやっぱり今日は帰ろう、と気持ちを定めた。




荷物を取りに、教室に戻ると自分の席であるはずの場所に誰かがいる。

教室を間違えたのかと思い、思わず一度出て確かめるが、やはりこの教室は自分の教室だ。



誰かは机につっぷしていて入り口からは制服と髪の長さからして女子であることしかわからない。


寝ているのだろうか。

近くまで行って、そっと顔を覗き込むと知った顔であった。



「・・・鈴木先輩?」

それは野球部のマネージャーをしている透子だった。

何故彼女がここにいるのだろうか。
そして何故、自分の机ですやすやと寝息を立てているのだろうか。


疑問しか湧かない状況に困惑しつつも、気持ちは高揚した。


透子の顔が見える位置の椅子に起こさないようにそっと腰を下ろす。


一つ学年が上で、大人っぽい印象の透子。
マネージャーという立場も手伝って元々気立ての良い彼女は、
野球部員はもちろんの事、わりと学校内でも知らない人間の方が少ない人気の女子の1人である。


馬場もそんな透子に惹かれるものを感じていたのは事実で、この状況は願ってもない。


夕焼けに照らされた寝顔は、普段の透子よりも少し幼く見える。

サラリと流れる髪に、触れてみたくなる。



その衝動は加速して、つい手を伸ばした。





あと、数ミリで触れられるーーー





ガラガラガラガラッ!!






勢いよく、教室の扉が開けられ
思わず、馬場はその手を引っ込める。


「素直にアイラブユーッ!届けよう〜♪
きっとユーラブミー!伝わるさ〜♪
…っと、馬場ちゃんやないかい。何してるん?」



陽気に歌いながら教室に入ってきたのは、真島だった。
いつも眼帯をしていて、何故かバットを常に持ち歩き、学年は透子と同じだが留年しているという噂の先輩。


馬場はドギマギしながら、いたたまれなくなり意味もなく立ち上がる。


「あ、いや、補習で、帰るとこで…」

チラッと透子を見るが、こんなに大きな音を立てて真島が登場したにもかかわらず寝続けていた。



なんだかその場にいるのがひどく息苦しく感じて、馬場は自分の荷物を肩にかけると、そそくさと教室を出て行った。


その背中を教室の入り口から見送ってから真島が透子を見ると、彼女は頬杖をついて不機嫌そうに真島を睨んでいた。



「・・・・」

「ヒヒッ、獲物はにげてもうたな?」


わざと肩をすくませておどける真島。


「まーるで、蝶々が巣に飛び込んでくるのを待ちわびとる蜘蛛みたいやな」


ツカツカと透子に歩み寄って、真島はその顎をグイッと持ち上げる。


「なんのこと?」

「んー?なんでもあらへん」


真島の手をそっと払って、透子は立ち上がった。






「あとちょっとだったのにな…」

グランドを見ると校門の方へ歩く馬場が見える。

夕焼けが伸ばした馬場の影を、透子は見えなくなるまで見つめていた。





【青い果実】






2016/01/22



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