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梅雨明けはまだだけれど、
ここのところは快晴が続いていて、そろそろ本格的な夏を感じ始める。


気の早い蝉が、時折鳴き声をあげる
日差しの強い午後のこと。



校内のプールサイドでデッキブラシを片手にため息をつく透子の横に、
同じくデッキブラシを装備して、
つまらなそうにしゃがみこむのは真島。

その真島から少し距離を置いて、
ホースやらバケツやらを持った馬場と品田がそこにいた。



よくよく見れば真島は細かい擦り傷やら切り傷やらを負っていて、
これがまさに彼が今ここにいる原因でもある。


そんな風に、それぞれなんらかのペナルティとして、
プール掃除を命じられたのがここまでの成り行き。



プール掃除といえば、青春ドラマとか、漫画とかで描かれるのはかなり爽やかな風景だったりするけれど。


今4人の前に広がるそれは、そんなものとは程遠い。

水位のだいぶ下がった水面には
枯葉やら藻やらなんやらが浮かび、水はどんよりと緑色に濁っている。



まだ晴れた日だから良いものの、
これを天気の悪い日にでも見たら間違いなく

あの世へ繋がっていたりとか
人ならざるものが召喚されたとしても、

何ら、おかしくないような情景である。




「ま、しゃーないな。さっさとやるしかないやろ。」




全く覇気のない声色で欠伸を噛み殺しながら
真島が言う。


それを合図に、各々行動を開始した。






濁った水を抜いて、
ある程度の浮遊していたゴミを掃除すれば
思っていたよりも早くに事は運んで

汗水を垂らしつつも、デッキブラシでひたすらプールの底を擦り付け続けていたら案外と綺麗になった。




ふぅ、と一度息をついて少し前かがみ気味に頑張っていた腰を伸ばして見渡してみる。


水の抜かれたプールの、青く塗装された箱の中で

白が眩しいTシャツにジャージ姿の品田と
ボタンをほとんど開け放したワイシャツと、制服のズボンをたくし上げている真島が

何やら言い合いをしているのが、目に入った。



全部は聞こえてこないけれど
罵り合う言葉は高校生とは思えないほど、稚拙な単語ばかり。



「なに、あれ」


「元々あんまソリ合わないっぽい、あの二人。」



透子の言葉に顔を上げた馬場が
首にかけたタオルで額をぬぐいながら答える。



馬場の手にしたホースからはびしゃびしゃと
水が垂れ流されていた。

青い床に打ち付けられた水は、この暑さのせいで
すぐにぬるくなって透子の控えめなピンク色のペディキュアが施された素足を濡らしている。



「そういやあ、馬場ちゃん、なんでプール掃除してんの」


「現国、赤点とった。」


「珍し。結構頭良くなかったっけ?」


「なんか、数学とかみたいにピタッと決まった答えが出ないもんって苦手なんだよね、俺。」


小さな声で、あんま人の気持ちとかよく分かんないし。とつぶやいた彼はいつもより少し幼く見えた。

その横顔は不意にこちらを向いて、鈴木は?と聞かれてしまって思わず苦笑いを浮かべた。



「んー、まあ、ちょっと、ね。」



度重なるサボりが度を越して、ついにこんなペナルティを与えられたなんて。

なんとなく、格好が悪くて言いたくなかった。


言葉尻を濁す透子に対して、
それ以上は追求しない馬場がホースの口を潰して、
排出される水の勢いを強めると
透子がブラシでこすりとった汚れを排水溝へと押し流す。



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