the reason



放課後、校庭から部活に励む運動部の声が聞こえる
夕焼け色に染まった教室で

真島は鉛筆を唇と鼻の間に挟んだまま
つまらなそうに、背もたれに寄りかかる。



目の前の机には原稿用紙が数枚。

白紙のままのものやら、
よくわからない落書きのあるものはあれど、

本来の使い方をされた原稿用紙は一枚もない。


その中の一枚を手にとってから
態とらしく大きなため息をついた透子は、
目の前の問題児を見遣った。



「せやかて、しゃあないやんか。喧嘩好きなんやもん。ふっかけてきたのは向こうやねんから反省することなんかあらへん。」



透子の何か言いたげな視線に耐えかねて
真島が口を尖らせたと思ったら、顔を背けて言い放つ。



「しゃあなくないの。好きとか嫌いとかではなくて、ルールを守ることを覚えるのが学校なんだもの。」



真島がこうして校則に反して
喧嘩の類をすることは珍しい事ではない。

真島の言う通り、
彼の場合は、喧嘩を売るよりは
どちらかといえば買う方が多いのだろう。

しかし、正当防衛、と言える範囲であったなら
目をつぶれることもあるだろうが
何にせよ、彼の場合はやり過ぎなのだ。


逆に、こうして停学にもならずに
反省文程度で済んでいるのは
担任の透子の掛け合いもあってのことなのだから

いずれは改心して欲しいと透子は
常々思っているけれど、きっとそれは、
真島にとっては無理難題なのだろう。



それでも立場上、

しっかりと“教育”しなければならないなんて
教師とは何ともやりがいのある仕事ではないか。



「真島君にとって相容れないルールであろうと、守らねばならないことを理解するの。
そして、守らなければ罰せられる。それを教えるのが私の役目なのよ。」


「せや!したら、ルールを守らんうちはこうして毎回透子ちゃんが、手ほどきしてくれるんやったら悪ないなあ」


パチンッと指を鳴らして
ニマニマと口の端を釣り上げて笑う真島に対し、
透子はやれやれと肩をすくめる。

そして、哀れむような目線を真島に送ってから、


「あんまり、おいたが過ぎると、その内に私じゃなくて生活指導主任の佐川先生のご高説を賜ることになるわよ。」



「そら、あかんわ」


透子のセリフに、ぺちんと自らの額を叩いて
天井を仰ぐ真島。


「甘いわね、真島君。アマアマよ。」



そう言って、透子が落書きだらけの原稿用紙と
白紙のそれを纏めて、机の上で整えると
真島の前にもう一度配置した。

恨みがましいような視線を片目で透子に送って
ちぇっ、とつまらなそうに真島は原稿用紙に向き合う。


まずはこの落書きを消さなければ。と、
不本意ながらも角のない丸まった小さな消しゴムを手に取る。

原稿用紙に消しゴムをこすりつけながら、
ちらりと上目遣いで盗み見る。



斜め前に座る透子は、何かの資料だろうか
ブックカバーのかけられた文庫本より少し大きいサイズの厚みのある本に視線を落としていた。


伏せられた瞳を縁取る睫毛は、思ったよりも長い。

きっと小難しい内容の文章を追うたびに
それが揺れるのは、小動物の尻尾かなにかの様に真島は思った。


ふわふわと揺れる睫毛、
時折考え込むようにして眉根が寄せられる。

夕焼けに照らされる白い肌、
赤に彩られて、ほのかに潤む唇。




本来なすべきことを忘れて、ぼんやりと眺めていたら
なんだか急に、その肌に触れたい衝動に駆られて
それを振り切るようにして、声をかけた。


「なあなあ、ちゃんと書く。反省もする。
せやから、せめて、落書き消すのくらい手伝ってくれてもええやんな?」


「…まったく、仕様がないわね。」


本日何度目か分からない大きなため息をついて
読んでいた本を閉じると、かわりにペンケースから消しゴムを取り出す透子に

真島がイヒヒ、と笑う。



「透子ちゃんも、俺にアマアマやんな」


「煩い。佐川先生呼ぶわよ」



言いながらも原稿用紙に視線を落とす透子の
横顔をそっと横目で盗みみれば

教壇に立つ、いつものそれよりも、


いくらか柔らかい笑顔に、真島は感じた。





【 the reason 】




強引に気を惹く事は

とても、容易いことだけれど








2016/06/07



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