Little Red Riding Hood



裏庭には花壇があって、でもこの学校には園芸部とかそういった類のものは存在しない。

けれども、いつでもその花壇は季節折々、綺麗な花々が咲いている。

誰が管理しているかはわからなかったけど、
なんとなく透子もたまに訪れては
乾いた土に水を与えたりくらいのことはしていた。


たまに新しく植物の種類が増えていたり、
植え替えなんかもされているから
きっと誰かが世話を焼いているはず。



その誰かは、ある日、判明した。



「秋山先生、だったんだ」



その日、花壇を訪れると秋山の姿があった。

片手は白衣のポケットに突っ込み、
もう片手では緑色のプラスチックでできた大きいジョウロを持っていた。

なんとも微妙な、似合ってるのか似合ってないのかわからない格好に笑ってしまう。


「俺、割とこうゆう土いじり好きなんだよね。」


よく見れば、花壇の脇には土のついた軍手とか使い古されたスコップや、
園芸用のグッズがちらほら転がっていた。


「手伝ってもいいですか?」


「ああ、かまわないよ。って言っても今日はあと水をあげたらおしまいだけど。」


それぞれ、隣同士だったり、背中合わせになりながら狭くない花壇に水を与える。


「先生って、いろんな噂あるの知ってます?」


「んー、まあ知らないわけでは無いけど。あんまりいい噂は無いんじゃない?」


乾いた笑いで答える秋山はどうやら多少は自身の噂に興味があるようだった。


「たとえば…一人で保健室に行く女子はだいたい秋山先生に食べられちゃってる、とか。」


透子が言うと秋山は、笑った。


「そんなふうにおもわれちゃってるわけ?誰彼構わず取って食うわけじゃないよ、俺。」

「ふぅん、てことは、選んでるんだ。」


態と揚げ足を取られる言い方をする秋山に対して、
空になったジョウロを振り回しながら透子が振り返った。

含んだ笑みを浮かべる秋山に、数々の女子生徒が興味を持つのはこうゆうところなんだろう。

もちろん、透子も例外ではなくて。


「…私は、どうですか?」


少し恥ずかしげに発せられたその一言に、
驚いたような表情を見せた秋山は少しだけ考えてから言った。


「童話の、赤ずきんって話知ってる?赤ずきんをかぶった女の子の話。」


子供の頃に、誰もが一度は読み聞かせられたであろう童話を持ち出してくる秋山。
透子が頷いて続きを促す。


「その話にあてはめると、俺が狼で、女の子は赤ずきんちゃんなわけだけど」


一通り、花壇の土は潤っていたので、
透子の手から空になったジョウロを受け取って、
スコップも一緒に所定の場所に片付ける。

土のついた軍手同士をパタパタと叩いて、
汚れを振り落としてから一つにまとめると、校舎の方へ体を向ける。


話の続きをねだる子供のように、透子が後を追おうとすると
不意に秋山が振り返って透子を見下ろし、その手を取った。

思わず手を引っ込めないまでも、
身体を強張らせた透子を見て秋山が頬を緩める。

透子の手のひらを広げさせると、
手伝ってくれたご褒美、とポケットから出したキャンディを握らせた。


「君が赤ずきんちゃんになるには、まだ少し、真面目すぎるかな。」


そこで強めの風が吹いて、秋山の白衣がひらりと翻った。

透子が風で乱れた髪を撫でつける。



その間に秋山は肩をすくめて、踵を返すと、

今度は振り返らずに校舎へと消えていった。





【 Little Red Riding Hood 】


もっと、誘惑に弱い女の子だったなら。








2016/03/22



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