雲ひとつないアオゾラ



暦の上ではようやく春とは言いつつも、

現実問題、まだまだ寒い日が続く。



そんな中でも上着がいらないくらい暖かい日があって。



まるで日向ぼっこをする猫のように、
自然と屋上へと足を運んでしまう。




今日もそんな日で。

授業中も教室なんかにいるのはとてももったいないことだと感じてついつい抜け出してしまった。




うららかな春の風を感じてうとうととしていたら、
不粋にもガチャリと屋上へのドアの開く音が聞こえてきた。


透子のいる場所は幸い入り口の場所からは死角になっている場所なので、
わざわざ透子を探しているとかそういう理由でなかったら、
用事を済ませたら直様退散してくれるであろう。

なんせ、こんな時間に屋上を訪れるなんて、
前者でなければ用務員とかそんな役割の人間くらいしかいない。


そう思いながら、気づかれぬように欠伸をかみ殺した。




「やっぱ、ここにおったか。鈴木」


突然降りかかる低い声。

あまり振り向きたくはなかったがそうも行かず、
少しだけ振り返るとそこには冴島がいた。

冴島の存在を確認すると、すぐに視線は正面に戻して悪態をついてみた。



「だめですよー?今は授業中なんですから、先生が授業ぬけだしちゃ。」


「何言うとんねん。こっちの台詞や。それにこの時間俺は授業ないからな。」



いいながら、冴島は透子の隣に腰掛けた。


「桐生が探しとったで。午後んなってから鈴木の姿が見えへんてな。」


透子の担任である桐生から、透子の捜索を頼まれたのだろう。

しかしこの様子だと捜索は引き受けたものの、
何が何でも教室に連れ戻すつもりはないらしい。



「気持ちはわかるけどな。こないにぽかぽかしとったら外に出たくなるわな。」



胡座をかいて、ポケットから煙草の少し潰れたソフトケースを取り出す。

どうやら一服する間、もしくはこの授業中はここに彼も滞在するようだ。



横目で、冴島が煙草をくわえて、
どこにでも売っている100円ライターで火をつける様をぼんやりと見つめた。


その横顔は教室で見るものとは違ってなんだかとても魅力的に感じて、

冴島から吐き出された煙が
空気に混じって上昇していくのがとても綺麗だった。


その透子の視線に気づいた冴島と目があうと、どうした?、と目で訴えられた。


「私にも、いっぽん…」


「あほ、あかんやろ。どうしても吸いたいんやったら隠れて吸っとき。」


「ちぇっ。けちー。」


口を尖らせる透子に優しい笑顔を浮かべる冴島。

ポンポン、とあやすように頭を撫でる。



「日向ぼっこもええけどな、ホームルームはちゃんと出たりや。」


「煙草くれたら戻ってもいいよ」



わざと冴島が教師という立場上、断らずをえない条件を提示してみる。

いつも二人でいるときは名前で呼ぶくせに、
今日は教師という体裁を崩さない冴島をなんとか困らせてみたかった。


けれど特に困った様子もなく、黙ったまま冴島は煙草を吹かしながら空を見上げた。




そのままふたりで何となく、ぼんやりと澄み渡る空を眺めた。




どれくらいの間、そうしていただろうか。


とても心地の良い沈黙を破ったのは意外にも冴島の方だった。



「…ヤニ、ほしいか?」

「え、くれるの?」



驚いた透子が振り向くと、冴島は思ったよりも近くにいて

両頬が無骨な手で覆われたかと思うとそのまま、唇を重ねられた。




ふわりと香った煙草の匂いと嗅ぎ慣れた冴島の匂いに

不意打ちながらも目を閉じて応じた。






【 雲ひとつないアオゾラ 】



澄み渡る空と貴方を独り占め







2016/02/23



prev next