Black or White
そろそろヤバイ、とは思ってた。
部活の顧問なんかやってると平日はもちろん、休日だってあってないようなものだし。
つまるところ、最近忙しかったから3週間に一度
通っていたはずのネイルサロンはずいぶんご無沙汰だった。
爪は伸びて、ジェルネイルを施していたはずの指先は
いつのまにか素のそれだし、もともと柔らかめの爪は油断すれば折れてしまいそうで。
否、さきほど折れた。
結局最悪な状態になって、ようやく週末にネイルサロンを予約した。
普段は常備していたはずの絆創膏も見当たらず、
仕方がないので保健室にもらいに行かなければと重い腰を上げた。
まだ授業中の校内はそれはそれは静かで。
たまに聞こえてくる教室内のざわめきとか、
グラウンドで運動する生徒の声やら。
そんなことに気を取られながら保健室の前までたどり着いた。
なんだか、少し嫌な予感がするけれども。
一度大きく息を吸い込んでから、必要以上に音を立てながら思いっきり保健室のドアを開けた。
がちゃっ
透子がドアを開けたのと同時に、衣摺れのような音が聞こえた気がして、
そちらに顔を向けると同時に並んだ一番奥のベッドから、部屋の主である秋山がひょっこり顔を出した。
白衣の下に来ている黒いシャツはいつも以上に乱れていて、
裾は派手な燕脂色のスラックスからはみ出ている。
「あれ、鈴木先生、めずらしいですね。
どうかしましたか?」
「絆創膏、欲しかったんですけど、お取り込み中だったみたいですね。
適当に探すので、お構いなく。」
少し距離感のある会話をしながら、あえて並ぶベッドには背を向けて、戸棚に近づいて絆創膏を探す振りをしてやる。
すると、バタバタと音を立てながら女子生徒が
秋山が登場したベッド付近から飛び出してきて保健室を出て行くのが視界の端に入り込む。
黙認のかわりにため息をまた一つついて、振り返ると身なりを多少整え直した秋山が絆創膏を差し出していた。
「…もうちょっと、やるなら人の目を偲んだらどうですか?」
「なんのことでしょう。具合が悪いって言ってたから介抱していただけですよ?」
悪びれる様子もなく、首筋をさすりながら飄々と言ってのけるこの男が透子はあまり得意じゃなかった。
対して、秋山は透子のことをどうやら気に入っているようで、
食事に誘ったり、ちょっかいをだしたりと、
何かと絡んでいたが透子があまり靡かない事を理解してからは控えている。
秋山の手から絆創膏を受け取ろうと近づくと、秋山は透子の手に自然と触れる。
「爪、割れちゃったのか。消毒してもいい?」
相手に委ねるような言い回しをしながらも、
自分に拒否権がすでにない事を知っている透子は、諦めたような顔で、
じゃぁお願いします、とだけ言った。
そして、その場にあった椅子に浅く腰掛ける。
その答えと透子の行動に満足し、秋山は消毒液を脱脂綿に染み込ませ、
自分の椅子をその長い足で引き寄せて透子の正面に座る。
再度手を取ると、そっと透子の割れた爪と肉の隙間を埋めた。
「…っつぅ…」
思った以上に傷口を刺激する消毒液の攻撃性に顔をしかめてしまう。
その様子を舐めるように見つめる秋山。
その品定めをされてるようなこの男の視線が苦手なのだ。
「ごめんね、しみるよね。
でも、その顔凄くいい。唆るね。」
嬉しそうに透子を見つめてから、
器用に指先を絆創膏で包んだ。
その一部始終を眺めて、気づいた事を指摘すべきか、透子は思案する。
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