Valentine's day



週末に、バレンタインデーを控えた思春期真っ只中の生徒がいつも以上にざわめく季節。

ホームルームで冴島は、いつも通りの連絡事項を伝えたあとに、一度咳払いをした。


「あと、今年は学校全体でバレンタインデーにまつわる物品の受け渡しは禁止になった。」


それまでガヤガヤとうるさかった教室内は一気に沈黙する。
一部の生徒を除いて。


「そういう訳やから、まぁ今年は14日は日曜日やし、その前後も学校に必要ないもんもってきたらあかんで。」


「うーわ、したらなにを楽しみにワシはガッコ来ればええねん。」


両足を机の上に投げ出し、頭の後ろに手を回しながら真島が面白くなさそうに言い放つ。

それを皮切りに、教室内で文句や意見が飛び交う。

当然、あんなお知らせ一つで納得する生徒は少なく、想定範囲内の反応にやれやれと冴島はかぶりを振った。


「…ええか、よう聞け。
そもそもバレンタインデーっちゅうんはな、
謂れはまあ調べりゃなんぼでも出てくるからあれやけどな、バレンタインさんっちゅうおっさんが亡うなった日や。
せやから、元々はチョコ配る日でも、もらう日でもないねん。」


一部からは感嘆の声がもれ、冴島はその隙にその日の日直当番である透子に号令を促すと、
さっさとホームルームを終わらせた。


冴島が廊下へ出てもしばらく教室内は
バレンタイン禁止令の話題で盛り上がっているようだった。





「そういえば、バレンタイン禁止するって去年なんかあったの?」


冴島のいなくなった教室で日誌の空欄を埋めながら、透子は隣の席の遥に聞いてみた。


「そっかぁ、透子は去年、バレンタインの日、お休みだったっけ?
結構大変だったんだよ。」

思い出しながら苦笑いを浮かべる遥に、聞かなきゃよかったかな、と思いつつも続きを待つ。

ちらりと真島を横目に見てから、手で口元を隠して内緒話のような小さな声で遥は言う。


「真島さんがね、チョコもらえない腹いせに、
チョコもらった男子とかこれから渡すっていう女子に対して、チョコ狩り始めちゃって…。」


アハハ、と乾いた笑を浮かべる遥。
おもわず教室内の真島を盗み見てしまう。

そういえば、去年風邪で休んだ次の日、みんなのテンションが異常に低かったことを思い出した。


「そっか、そりゃ災難だったね。全然知らなかった。」

「真島さん止めるのに桐生先生とか冴島先生との追いかけっこ始まっちゃうし、もう何がなんだかわからなかったよ〜。」


困ったように言いながらも遥はその時の様子を思い出したのか、
苦笑いは思い出し笑いの表情に変わる。

日誌の連絡事項欄に、特になし、といつも通り書こうとしてからふとペンを止める。

一瞬遥と目を合わせてから、イタズラを思いついたような顔を透子がする。


そしてサラサラと何食わぬ顔で、日誌にペンを走らせた。



『真島さんが暴れる可能性があるため、バレンタインデーは中止。』



その丁寧な字で書かれた不真面目な記載を見て、ふふっと遥も笑う。

それから少し雑談をしてから、部活に向かうのであろう遥は立ち上がる。

つられて透子も鞄を肩にかけて立ち上がった。



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