鹿の若角



頻繁に美容院に通って、
たまには奇抜な色に髪を染めてみたり、
パーマをかけてみたり。

ともすれば、突然ベリーショートにしてみたり、
かなりいろいろ冒険していたのは随分昔のこと。



ここのところ数年は、
少なくとも冴島との面識を持つ数年前からは。

忙しさを理由に、
いつのまにか美容院から足は遠のいてしまって
ほとんど伸ばしっぱなしで、ゆえに如何様にもまとめられる長い髪は多少、痛んでいたけれど便利だった。

それに加えて、髪を巻いて纏め上げているだけで、
どれだけ男勝りに仕事に打ち込んでいても
女の象徴となるそれを、どちらかといえば気に入っていた。


けれど、初夏の風を感じた営業回り中のある午後。


少し汗ばんでうなじのあたりを拭った時。

最初はそろえる程度に切ろうかという気になって
久しぶりに美容院に電話をかけてみたら、
偶然にもいつもお願いしているスタイリストで
業後に、すぐに予約が取れたものだから。

つい、突発的に。
ほんの気まぐれだったけれど。


胸が隠れる長さまであった髪はざくざくと
繊細な鋏によって、無情とさえ思える速さで、

淡い市松模様の床に散っていった。



久方ぶりに剥き出しになったうなじは
日が落ちればいつも以上の寒気を感じたし、

髪をかきあげ、そのまま毛先を指に絡めて弄ぶ癖は
すぐにはなおらなくて行き場の無くなった指先を
どうしていいかわからない。



そういった経緯があった事など露知らず、
冴島は帰宅して透子を見るなり、大袈裟といえるくらいのリアクションをしてくれた。


いつも通り、玄関からリビングにネクタイを緩めながらやって来て透子と目が合ったあと、
一度その視線は外れたが、すぐにもう一度、体ごと透子の方へ向き直る。



「どないした」


「ん?気分転換。」



目を見開いていると言っても過言でない冴島の表情とその視線に、やや気恥ずかしさを感じながら、できるだけ冷静に答えた。


ネクタイを外すことを忘れた冴島が、ソファに座る透子の横へ腰掛ける。

きしり、とソファが唸って冴島の重みを受け止めた。

そのまま透子が寄り添うと、
そっとその頭を冴島が撫でた。


「随分とまた、思い切ったな」


まるっとしたフォルムの後頭部をわさわさと、乱暴にかき乱すせば
いつも透子が好んでいるトリートメントとは違う、少し甘ったるい匂いがした。

やめてよ、と言葉では嫌がりつつも
嬉しそうな声色で透子が手ぐしで髪を整えれば、
切りたての素直で健康な髪はすんなりと元通りになる。


今度は優しく撫でてみると
つるりとして、短い髪の感触は新鮮で、
見慣れないけれど、以前と変わった触り心地は悪くはない。


「今日暑かったから、つい。よく考えたらお務め前の冴島さんより短いよね。」


笑いながら短くなった髪を引っ張りながら透子が言うと冴島も、せやな、と答えて目を細めた。


透子が身を乗り出して、向き合う形になると
緩めただけのネクタイを解いてから、
そっと触れるだけのキスをする。

冴島の頬に添えた両手をそのまま滑らせて、
同じように冴島の後頭部を撫でまわす。



「冴島さん、頭の形いいよね。羨ましい。」


「透子は絶壁やんな。初めて知ったわ。」


「そうなの。小さい頃、仰向けでよく寝る子だったみたい。」


「寝る子は育つ、ちゅうからな」



口の端を上げて笑いながら、冴島は透子の後頭部から手を離し、片手で腰を引き寄せて、もう片手で透子の胸を下から撫で上げる。


「えっち」


態とらしく、満更でもない顔で透子が言うのを覗き込んでから、冴島はその胸の谷間に顔を埋める。



「せや、しばらく、兄弟と2人で会ったりしたらあかんで」


「真島さん?どうして?」



顔を上げて、真面目な表情で冴島がじっと透子を見つめる。



「奴は髪が短くて綺麗な女に見境ないねん。兄弟分やって流石に透子に手ぇ出されたらたまらんわ」



ふん、と苦々しげに鼻を鳴らす冴島の胸板に今度は透子が顔を埋めた。


「ふふっ、そんなに似合ってる?」

「ああ、別嬪さんやで。せやから、ちゃんと言うこと聞きや?」


「うん、わかった」


そう言って、照れ隠しに冴島の鎖骨のあたりへと唇を這わす。

冴島もまた、透子の滑らかなうなじを
硬い指先で撫でた。




【 鹿の若角 】




袋角 熱き身体を 胸に抱き








2016/05/10



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