祭囃子が聞こえたならば
正常と異常。
此岸と彼岸。
斬るか、斬られるか。
生きるか、死ぬか。
赤と、白。
赤い血飛沫と、肉の中に埋まる白い骨。
そう云う夢を、時折、みている。
決まって、汗びっしょりで、
自力でその夢から醒めることは難しくて。
大概は永倉に肩を揺すぶられて、
ようやくと現実へ還る。
井戸水を頭から被って、手拭いで雑に水分を拭い
顔を上げると、沖田の耳に聞こえるは
遠くの祭囃子、篠笛の音色。
街へと、目的もなく繰り出す。
今日は浅葱色の羽織は着用していないので
通りを歩く人々の奇異な視線は少ないけれど。
ありふれた町人とは明らかに違う雰囲気のせいで、
余り、沖田の周りに人は近寄らない。
「そこな小粋な、お兄さん」
はじめは自分のことだとは思わずに、素通りしかけた。
「隻眼な、小粋なお兄さん」
そう言われて、沖田はようやく足を止めた。
細く、明かりの少ない小径。
あばら家とあばら家の間で、
壁にもたれた女には如何にも、な雰囲気があった。
少女が好むような可愛らしい着物を身に纏いながらも、その表情や仕草は何処から如何みても情婦のそれにしか見えない。
身なりはそんな風なのに、咥える煙管は、
細やかな細工が施してあって、女の気軽さとは相反する、値打ちあるものに違いない。
沖田は、透子の頭の先からつま先までを
一度見やっただけでそこまでの感想を持った。
初めての出会いはそんな風であったから、
多少の警戒はしていたけれど、
小径の奥の、あばら家の狭間の家は外見の割りに中は小綺麗だった。
そこで沖田は何度となく、透子を抱いた。
決まって、透子を抱くのはかの夢を見た日に限ってのことだったので、
儘ならない感情を情欲の彼方へ追いやる行為は、
沖田の様々な欲をも解消していた。
薄暗い部屋で、蝋燭の頼りない灯りが彼女の白い肌を照らす。
欲の名残りのような後れ毛を沖田が掬ってやれば、
そっと振り返って沖田がするのとよく似た流し目で透子が見遣る。
口元の吊りあがり加減から、理由は分からないながら笑っている表情を読み取った。
「沖田さん、私、未亡人なのよ」
唐突に、透子が微笑みを崩さずそう言うと沖田は特に驚いたそぶりもせず、さよか。と短く応える。
ちりん、と音がして
鈴の首輪をつけた黒猫が沖田へ擦り寄ってきた。
透子が餌付けしている猫はいつの頃からか
沖田にも媚びを売るようになっていた。
顎の下を強めに撫でてやれば、ごろごろと喉を鳴らしてさらにその艶やかな夜色の毛並みを沖田の膝小僧に押し付ける。
「何故か、とは聞いてくれないの 」
口を尖らせていじけた風を装って、透子が言うと沖田は透子の肩を引き寄せた。
胸板に彼女を閉じ込めて、耳元でそっと囁いてやる。
「なしてや」
満足そうに、透子がその身を預けて、
気持ちの良さそうなため息を一度つく。
「壬生浪に、斬られてしまったのよ」
伏目がちに、けれど、試すような視線を送りながら
秘密の恋を告白するように密やかに透子が答えた。
「さよか」
「ねえ、沖田さん」
今度は応える代わりに、
沖田が細長く、煙を吐き出した。
その煙を掴もうと、透子が手を伸ばす。
もちろん捕まえられるはずもなく、
煙は空中に散らばった。
【 祭囃子が聞こえたならば 】
そのときから、
密かにお慕いしていたのよ2016/05/09
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