memento mori



突然の訃報は、
なんていうことのない仕事にまみれた午後、

静かにそっと訪れた。


ような気がする。





阿波野が、死んだ。



笑うとその顔は、実は幼くて
それを隠してのニヒルな作り笑いを見破ってから


暫く経った頃の事。





阿波野が教えてくれたのは、



ウイスキーの飲み方と、
ジッポのライターを格好良く点火する手法、


それから、
男という生き物は、

とりわけ、極道という種類の男は
なによりも見栄を大事にするということ。

だれもが熱に浮かされたような世界で
虚勢を張って生きて行くのだ、というのこと。



そして最期に、
人間は思ったよりも後腐れなく、死ぬ



ということ。




物理的に残してくれたのは、

死ぬ数日前に透子の家に
置いていったシガレットケース。

中身は彼が御贔屓にしていた、煙草が3本。


1本は、訃報を聞いたその夜に、戴いた。



それから、季節はいくつか巡って。

選んだのは、春から夏にかけてのお天気の良い日。



今日の為に、と随分前に買って初めて袖を通した
シルクシャンタンの白いワンピースと
つばの広がったシンプルかつ機能的な女優帽。



目の前の、鼠色に、ピカリと磨きあげられた石碑。



小さなハンドバッグから取り出したシガーケースの中の煙草を咥えて、ジッポで格好良く火を点ける。

2、3度ふかして、しっかり火が付いたら
香炉へと配置してやって、もう一本を咥える。



同じようにして、火をつけて、

今度は肺いっぱいに
その不健康極まりないという煙を吸い込んでやった。



湿気った煙草の味は、
今日の青空にぴったりだと思った。




「私、確かにあなたの事、愛していたわ」




干上がった水鉢に、
シガーケースと傷だらけのジッポを置いて、

もう一度、見上げた。




空に昇る、弔いの煙を。





【 memento mori 】




生きている わたしと

これっきりの 今日と あなた








2016/05/07



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