紫檀ハルモニア



ある昼下がり。
腹を空かせた西谷がカレーを食べたい、と言った。

近所のタイカレーの美味しいお店のカレーではなくて、一般家庭で作るようなカレーが食べたいと。


それであれば、スーパーに行ってレトルトのカレーを買って食べさせる事も考えたけれど、
どうせなら食材を買って、久々に台所に立ってみようかと思い立った。


普段、人に自分の手料理を食べさせるなんてことはあまり機会がないものだから、
少し気恥ずかしい気もしなくもない。



調理している間、西谷はずっと透子の背後でその挙動を観察していた。

最初は少し鬱陶しい気もしたけれど、
何も言わず、特に邪魔もせず、
ただ眺めているだけの西谷の存在感は皆無であった。


包丁で、じゃがいもの皮をむきながら、
存在感を消す西谷に聞いてみた。



「ごはん、炊いたことある?」



キョトンとした顔をする西谷に、
米を炊く手順を教えてみると、特に嫌がる素振りもない。

米びつからきっちり計量カップで測った米を
丁寧な手つきで、といでいる姿は
新鮮だけれども、不思議と似合わなくはなかった。


人を殴るか、透子を抱くか、煙草を吸う以外にも
西谷の手は、米を炊くこともできるのだ。





カレーが出来上がって、米が炊けた。

ほかほかの白米に、カレーもよそって食卓に並べる。
付け合わせのサラダのレタスは西谷がちぎってくれた。


お互いに、いただきます、と言って
スプーンを持った。



「ごっそさん。」


先に食べ終えた西谷が言った。


「お粗末様でした。」



透子がそう返すと、不思議そうに首を傾げた。

程なくして、透子も食べ終えて、
手を合わせながら言う。



「こちそうさまでした。」


「お粗末、さまでした…?」



西谷の返しを肯定するように透子が笑って頷くと、西谷がはにかんだ。


「食後のコーヒー、淹れるね」


そう言って透子が立ち上がってキッチンへ向かうと、
程なくして2人分のカレー皿とサラダの器を重ねて西谷が持ってきた。

流しに置いて、狭いキッチンで後ろから透子を抱きしめた。


「ねえ、お米炊くの、初めてだった?」

「せやな」

「カレー、好きなの?」

「どっちかっちゅうと好きやな。」


ごぽっ、と
一際大きな音をコーヒーメーカーがたてる。


「…喧嘩と、カレー、どっちが好き?」

「なんやねん、それ」

「いいから、答えて」


妙な質問なのはわかっているけれど、
透子がいたずらっ子のように西谷のシャツを引っ張りながら答えをねだる。

笑いながら、西谷は透子の少し開いた胸元に手を差し入れながら答えてやる。


「そらぁ、喧嘩やろ」


その予想通りの答えを聞いて、透子が頭を西谷の肩に預けて喉を反らす。
その、骨張った首筋に耳を押し付けてみる。

ふわりと、西谷の香水が香った。


「コーヒーは、もう暫く、お預けやな」


西谷の右手は、透子の胸の柔らかい肉を揉みしだきながら、自身の高ぶり始めたそれを、透子に押し付ける。

両手で、透子のシャツをめくり上げてやると、
透子が恥ずかしそうに身をよじって反転し、
お互いに向かい合う形になる。


キスをして、トロンとした眼差しを向けながら西谷のそれを服の上から撫でてやる。

そのまま導かれるように膝をついて、
それを口に含む直前に消え入りそうな声で言った言葉。


「おねがいだから、」




それは、西谷に届いたのか透子はわからなかった。





【 紫檀ハルモニア 】



わたしをおいて

かってに しんだりしないで







2016/04/18



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