a drop of tiger



毎日仕事終わりに見上げる都会の空は、
まっくろだ。



終わりも始まりもなくて、ただ、まっくろ。



朝は空なんて見上げている余裕などないし、
通勤ラッシュにもまれながら見上げるのは
どうでもいい情報ばかりのつり革広告。


そのまま地下鉄に乗り継いで、地上に出ることなく、
くたびれたドーナツ型のクッションが必須の
ブルーライトが目に痛いデスクに到着。



だから、せめて、夜くらいは地上に出て
空を見上げることにしていた。



何の変哲もない、黒い空洞を見上げてみたら
なんだか春だというのに、うすら寒い気分になって。




たった いま
私は、宇宙に一人ぼっちで

放り出されたのかもしれない!




なんて突拍子もなく、
訳のわからないことを考えながら
手慣れた動作でいつもの番号に電話をかけた。



『どないした』


4回目のコールの途中でとられた電話の第一声に
ほっと胸を撫で下ろした。

どうやらこの宇宙は少なくとも、
愛する人には電話がつながるらしい。


「こんばんわ。急なんだけれど、夜景が、みたくなったの。」


『…こっちは、夜景っちゅうか星が綺麗やで。』


「今、どちらに?」


『ああ、言うてなかったか。』


愛する人はどうやら北の大地にいるらしい。


「そうだったの。なんだか、すぐに会えないと思うと寂しい気持ちになっちゃう。」


透子の少しいじけた様な声色に、
冴島が笑った気がした。

きっと数日で帰ってくるのだろうが
普段あまり頻繁に連絡は取らないのに、

こうして、よりにもよって
間の悪い時に連絡してしまった自分自身を呪った。



まるでベガとアルタイルのよう、なんて。
子供じみてる上に季節外れで、
かなりオーバーな例えすら、浮かんでしまう。


いつから自分は、こんなに乙女チックな感情を
抱くようになってしまったのだろう。



「きっと冴島さんのせいね。」


『なにがやねん』



電話の向こうの冴島の背景はざわざわと煩い。
きっと、これから夜のそういうお店で遊んだりするんだろうか。


そう思ったら舞い上がったはずの乙女な気持ちは
急降下して、やはりここは宇宙で、
ひとりぼっちなのだと再認識させられる。

まだ、会話が続けられそうな雰囲気はあったのに、
上の空になりながら適当に切り上げて、
通話を切断する。


そのままの勢いで、携帯の電源すら落とした。





だって、宇宙で、通常の回線通話はできないじゃない。



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