桜狩り



久しぶりにお互い揃って休みだというのに。
起きたら天気は、とても微妙で。

何か予定があったわけでもないけれど、残念な気持ちになってしまう。

適当につけたテレビでは午後になれば日が差すと言っていたので、午前中は何をするでもなく、
ぎりぎり、体のどこかしかが触れ合う距離で思い思いの時間を過ごしていた。


「陽ぃがでてきたな」


あり合わせで作った遅めのお昼ご飯を食べ終えたところで、冴島が言った。

目を細めて窓の外を向く横顔を見て、
手早く洗い物を終えると、簡単に出かける準備を整えた。


みなまで言わずともなんとなく、何がしたいかはわかるようになった関係。
だけれども、本当は何を想ってるのかお互いによくわからないが、
あえてそこを掘り下げる程若い関係でもない。


シンプルなロングワンピースに、パーカーを羽織って、小さなバッグにはお財布とハンドタオルとティッシュだけ。

平日とは比べ物にならないくらいの軽装備は心地が良い。




スニーカーを履いて、ふたり並んで、
どこへともなく、のんびりと散歩する時間が好きだった。


「今日、夕飯なにたべたい?」


歩きながら、透子が聞くと、冴島が唸る。


「さっき昼飯くったばっかりやしな。思いつかんわ」

「じゃあ帰りにスーパー寄るから、それまでに教えて」


毎日決まったルーチンをこなす日々ゆえに、
2人の会話はどうしたって新鮮味はなくなって所帯染みてくる。

それは嫌なことではないけれど、
少しだけ物足りなさを感じていた。



そんな2人の間をふわりと春の風が通り抜ける。

そういえば、いつのまにかパーカー一枚羽織れば出かけられるほど暖かくなってきたのだなと、季節の移り変わりを実感した。

風に揺れる髪を抑えて、なんとなく立ち止まるとひらひらと桜の花びらが舞っていた。


目的のない散歩は、いつのまにか桜の木が咲き誇る並木道へと、透子と冴島を運んだらしい。



遠くから子供の声が聞こえて、そちらを見やると、
上品な薄いベージュのスーツを着た女性と仕立ての良さそうなスーツを着た男性。
その2人の間には黄色い帽子をかぶって、少しサイズの大きそうな制服を着た子供が並んで手をつないで歩いていた。


時折、子供が楽しそうにくるくるとはしゃぐ様子が微笑ましい。

そういえばここにたどり着くまでも、こんな感じの親子を何組か見かけた気もする。


「入学式、かな?」

「せやなあ。もう4月か。」


透子と冴島も立ち止まって、しばらくその様子を眺めた。


「子供、すき?」

「ああ、嫌いやないな。これでも教師になりたいっ思っとった時もあんねんで。」

「そっか。先生もいいけど、いいお父さんにもなれそうだよね。」


一歩距離を縮めて冴島の顔を覗き込んで、聞いてみる。
今日はいつものヒールではないから、ずいぶん遠くに感じた。

試すような透子の視線と発言の意図を汲み取り、答える。


「…せやったら、透子に似た女の子がええな。」


ふっ、と優しく笑って言う冴島に対して透子が嬉しそうに笑った。


「そう?かわいくない女の子になるよ?」


態と悪態をつく透子に冴島が笑う。
まあ、どっちでもええわ。と言って、透子の手を取った。


手を繋ぐ、


なんて久しぶりのことで、思わず手汗の心配をしつつ、
引っ張られるようにして桜舞う並木道での散歩が再開された。






ほんなら、今日の晩飯は鰻やな?


あらいやだ、おまえさんったら…。



【 桜狩り 】



ー来年の桜が咲く頃には。






2016/04/01



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