Nirvana



ー“檻”から出ることを許されて、数ヶ月。
神室町での生活にも馴染んできた頃。



真島は週に一回程度、チャンピオン街のスナックを訪れていた。


決まってスナックの閉店の1〜2時間前。
この時間は割と客の数も少ない。

最近では席に座ると、何も言わずとも用意されるウィスキー。
昔から好んでいるというだけで特にこだわりのない銘柄。
たまたまこの店に再び訪れたとき、気紛れに最初に注文しただけ。

ある程度酔えれば何の酒でも構わなかった。

ママとは、最初に一言二言交わして後は只管に黙って酒を流し込む。



真島がここに訪れるのは、兄弟への思いを忘れないため。



どんなに強く思っていても、やはり年月というのは残酷で。
毎日毎日、いろいろな思いをして、様々な人間と接触し生きていく中で、

少しずつ記憶は薄れていくものだ。



決して忘れてはいけない。

自分の生きていく目的を勘違いをしないように、
確かめるようにして真島はここで一人でちびちびとウィスキーで唇を湿らす。





今日もいつもと変わらず、お馴染みの有線が流れる店内に真島はいた。

日曜日の夜ということもあってか、
他に客はおらず、真島がグラスを傾ける度に、
グラスと氷が奏でる音が響いていた。



キィッー



そんな店内に、客が入ってきたようだ。
せっかくの1人の時間を邪魔されたような気分になる反面、
こんな時間に来る客なんて、珍しいなと
自分のことを棚に上げて思う。

店の入り口は真島の左側にあるものだから、
どんな人物かは具体的にはわからないが
雰囲気から察するに女で、人数はおそらく一人。

女と一緒に少し冷たい風が店内に入り込む。
その冷たい空気とともに、女は真島の後ろ側を通り過ぎると、
真島の隣を一つ開けた右側のスツールに腰掛けた。

視線だけで様子を探ると、女の左手が見えた。
薬指にはまった指輪が印象的で、顔は見ていないが
彼女が真島と同じ銘柄の酒を注文した声は
妙な懐かしさを感じさせる声だった。


なんだか落ち着かなくなって
煙草を咥えると同時に声をかけられた。



「…もしかして、吾朗くん?」



恐る恐ると、女の方に顔を向けて、真島は眉根を寄せた。



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