Strong mind



偶に、城戸が怪我を負ったりすることは、あった。

仕事柄というのか、なんというのか。



それは仕方のないことだと思っていたし、
いずれはそういうことも起こりえるかもしれないと。


“そういう”世界で彼は生きているのだ。


城戸は自分が自らその世界に身を投じていることから

透子に対して最初の頃は距離を置いていたし、
あまり深くは関わろうという気が無かった。



けれども、野良猫のような彼女はするりと城戸の生きている世界の片隅に入り込んできて、
何度か追い払ったものの、手を替え、品を替え。

気がついたら一番近い距離で寝息を立てる存在になっていた。




初めて腹で受け止めた鉛はとても重たくて、
城戸の筋肉に覆われて強靭なはずの肉をあまりにも簡単に抉った。



そっと、透子を起こさないようにベッドを抜け出す。


無視できない腹の痛みに顔を歪める。

けれど、城戸を突き動かすあの言葉が頭から離れない。



『自分の人生賭けてでも勝負する時が来たら』


『腹、括って勝負せぇや』



その言葉を放った男と、きっとこれから対峙することになるのだろう。

あのまっすぐな視線を思ったら、痛みはどこかへ消えた気がした。



シャツを羽織って、ぎゅっと、ベルトを締め直し、正面を見据える。



ーカキンッ



部屋を出ようと一歩踏み出したところで、
背後から、耳慣れたジッポの着火音が聞こえた。

振り返らずとも、自分のものとは違う、けれどよく知った煙草の匂いで、
透子が発した音と匂いということを理解した。


「今日は、随分と、お早いお出かけで。」


間にあくびを挟みながら、透子が言った。

城戸は答えない。

背後にとろんとした気怠げな透子の雰囲気を感じながらも、
振り返ることもなく玄関へと向かう。






あとはドアを開けて家を出るだけなのに、

ドアノブに手をかけることもなく、立ち尽くした。



そのとき、突然背中に暖かさを感じた。
自分のわき腹と腕の間の空間を透子の腕が埋める。

そしてそのまま、柔らかく後ろから抱きしめられた。



「夕飯、カレーにするから」


「…は?」


「だからさ、安心してかえっておいで。」



城戸の背中に顔をうずめながら透子は言う。


「なんだよ、それ。」


ようやく答えるものの、自分は今どんな顔をしているのだろうか。

背中に、段々と透子の体温がじんわりと伝わってきて、
心地よいと思いかけたときに、

透子は、ゆっくりと離れていく。


そして、とても軽く、背中を一つ叩いた。



「いってらっしゃい。
イイオトコの背中を見送るのは、イイオンナの務めっしょ。」



ケラケラと明るく背後で笑う透子。


城戸はやはり透子を振り返ることはせずに

一度だけ目をつむって、
その手で拳を作ると、ドアノブに手をかけた。





【 Strong mind 】



その日の彼の背中は

今まで見た何よりも強くて、大きくて、

美しく 感じた






2016/03/10



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