Stance
寝不足の朝は、コーヒーは濃い目に淹れることにしている。
コーヒーに含まれるカフェインとやらに
眠気を飛ばしてもらった覚えはあまりないけど、
昔からの刷り込みからか、どうにもこの真っ黒い液体には
眠気を飛ばす効果があるように思えてしまう。
昨夜、珍しく透子の元で一夜を過ごした阿波野は
相変わらずの仏頂面で新聞をめくる。
阿波野は大抵、透子と会った後も
ことを済ませれば夜中だろうがなんだろうが、どこかへ帰っていく。
そんな阿波野に爽やかな朝というのはどうも似合わない気がして、
なんだかしっくりこない。
「コーヒー、ブラックでいい?」
透子の問いかけに、うんともすんとも言わない。
その無言の返事は肯定であると解釈して、透子は阿波野の前にマグカップを置いた。
自分の分も淹れたものの、社会人の朝は悠長にコーヒーを啜りながら新聞に目を通す暇などなく、バタバタと支度を整えていく。
長い髪を大まかに巻いて癖をつけてから、まとめ上げる動きはもはやルーティンとなっていて、呆れるほど手際が良くなっている。
やりすぎない程度に完璧な化粧をしながら、出社してからこなす仕事の内容を簡単にさらう。
すでに残業する未来が見えて、少々げんなりするけれど
生きていく為だもの、仕方がない。
今日着ていくものを考えるのは時間の無駄だと気づいてからは
ほとんどいつも同じような色、形のスーツを着るようになった。
スーツの上着を手に持って、椅子の背にかけて、
ようやく支度が終わったので阿波野の隣に腰を下ろして、コーヒーを一口飲んだ。
支度をしている間にちょうど飲みやすい温度になったコーヒーに、頷いて、
人心地ついたところで阿波野が新聞を折りたたんだ。
「そろそろ行くわ」
阿波野のこういう他人に媚びず、
自分のタイミングで動く自由奔放なところに魅力を感じたのは確かなことだけど、
それと思いやりを持つということはまた別のことではないかと思った。
「ん。」
決して態度には出さないようにして、透子は立ち上がると
ハンガーにかけていた阿波野のジャケットをそっと手にとって差し出した。
大きな動作でそれを羽織り、阿波野は透子に一瞥をくれると玄関へ向かう。
「髪、切ろうかな」
阿波野の背中を見ながら壁にもたれて、
なんの意味もないけれど、なぜか声に出していた。
靴を履き終えた阿波野が振り返る。
「やめとけ、後悔するぞ」
「そうかな」
阿波野の視線が、透子の頭の先からつま先までを追う。
「俺は好きだけどな、お前の髪ほどくの。
じゃ、また連絡するわ。」
そう言ってドアは、ばたん。と閉じた。
リビングに戻ると、家を出なくてはいけない時間まではまだ少し余裕があった。
静かになった部屋で、空になった阿波野のマグカップを見る。
少しの間、一人でコーヒーを飲みながら美容院に予約を入れるかどうか迷った。
【 Stance 】
誰かに媚びる生き方なんてしたくないのに2016/03/05
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