viola




喫煙者にとって、昨今の街はいささか過ごし難い。

一息つきたいと、一服しようものなら
まずはそれに最適な場所を探さなければいけないのだから。


いくつかのお馴染みの喫煙所へ、
外回りのルートの中で必ず立ち寄れるように
彼女は業務を組み立てる。

今日もそんなふうにしていくつかのクライアントをはしごしていく中で立ち寄ったそこには見知った先客がいた。

赤いジャージに髪型と顔中のピアスが印象的な、彼。


透子の姿を認めると、ぺこっと会釈をした。

そして、透子が自分のライターでタバコに火をつけるのと同じタイミングで彼は傷だらけのジッポで火を寄越した。

今一歩遅かったその動作に、透子が片手で制すと、
「…ぅッス」とよくわからない返事をして
バツが悪そうに首だけをぴょこりと動かして非礼を詫びた。



彼は、目の前でたばこをふかす南という男は

こんなナリをしているが、
おそらく彼の根っこの先のほんの数センチ程度、
真面目な気質があるのだと透子は勝手に思っている。

真面目でとてもまっすぐで疑うことを知らない少年のような。

それが彼の本性なのだと。


だから彼は、彼の主人に対してとても真面目に対応する。
その忠実ぶりたるや、かのハチ公殿でも感嘆のため息を漏らすのではないか。


…それは言い過ぎかもしれない。


そんなことを考えながら、ジッと南を見つめると
彼は居心地悪そうに眉根を寄せて気まずそうに肩をすくめる。


「なんすか」

「いえ、なんでもないわ」


ああ、この怪訝そうな目つき。


もしかしたら先ほどの非礼を
(透子はそんなふうには思っていないけれど)
視線で責められている、と思っているのかもしれない。

しかし、もしも仮に、
透子の視線がそういう類のものであったとして、
そんな怪訝な顔つきを表に出してしまうのは如何なものか。


これを飼いならすのはさぞかし面白いでしょう。

真島の性格を考えたら容易である。
なるほど、そういうわけで彼は南をそばに置いているのかもしれない。


犬は徒党を組むもの。


嶋野の狂犬が、手なづける犬はどんな犬なのだろう。




ふう、とよくわからない空想を乗せて紫煙を吐く。




「そういえば、昨晩はオヤジは姐さんの所で?」

「その、姐さんっての、やめてよ。そうね、いたわね。いつの間にか。」


二人の共通点といえば、真島しかない。

不器用で、透子に対してはどちらかといえば口数は多くない彼だが
せめてこの一服のひとときくらいは
場を持たせようという配慮なのかもしれない。


「あの人がいると私の朝のルーチンが崩れるのよね、全然起きないんだもの…」


あ、と思わず言葉を切る。
実は透子も、この南という男とサシで話す機会など早々なく。

つい口をついてでてきた内容は適切だったのか。
真島からして見て、自分のプライベートを下の者に漏らされるのは如何なものか。

また逆も然り。


「へえ、やっぱり姐さんですわ。」


一度言葉を区切って、ふぅーっと長めに煙を吐く。

「あのオヤジが起きはらないなんて心底安心しとるからですわ。
ワシらの前でしたら居眠りはしても、ちょっとした物音ですぐさま飛び起きはります。」


「本当に?」


南の返事に気持ちだけ前のめりに、聞き返してしまう。
予期せず自尊心をくすぐられた。


南は、記憶を反芻しながらコクコクと何度か頷く。

その度に、少しセットが崩れかけている彼の髪の毛束が揺れるのがなんだか面白くて
もし透子が猫だったら思わずじゃれてしまいたくなる様だ。


「ホンマです。オヤジがぐっすり眠れるんは、姐さんと冴島のオジキの隣だけですわ。ウチの所帯はただでさえ喧しい処ですから。」


おもわず、ガクッと力が抜ける。

こういう一言多いところも彼の糞真面目所以であろう。


「あ、そう」


ポケットから携帯灰皿を取り出す動作を認めると
南は、透子がそうするよりも早く、目の前に自前のそれを取り出した。


「さすが。ありがとう」


靴の裏で火種を殺して、吸殻を捨てると南は緩くかぶりを振った。


「いえ、先ほどは気がききませんで。」


そう言って薄く笑う南。
やや申し訳なさそうに、眉根を寄せて
やはり肩をすくめる彼だけどその表情は柔らかかった。


思わず目をそらすようにして、
透子は視線を空へと逃す。



「雨でも、降るかしらね」


「ええ、じきに」




【 viola 】



誠実に

ただ、まっすぐに






2017/09/21



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