hunting world



今のご時世。
一昔前とは、また違った形で、
日本人という生き物は確かに抑圧されている。

それは透子も否定するところではないけれど。



そこはあまりにも下品に、赤裸々で。
抱いた感想は、

歪んでいるなと直感した。



隣に座った、彼の顔をちらりと見やれば
彼の向こう側では半裸のホストに、
それはそれは恍惚そうな表情で跨る女性が嫌でも目に入る。



「極めて一般的な日本人の目線から物を言わせてもらうけれど。
とても、この場所は目のやり場に困るわね。」



曇り一つないワイングラスに仕方なく視線を移して言うと、
ハンジュンギは困ったような笑顔を浮かべた。


「ええ、そうでしょうね。至極当然の感想かと。」

「正直に、控えめに言って、今すぐここから立ち去りたいのだけれど、いいかしら。」


グラスの中の赤を飲み干して、
改めて彼の方に目を向けて見る。

彼の向こうで跨る女性は貪るようにホストにしゃぶりついている。
まるでそれは野生動物の食事風景に酷似していると、
冷めた脳みそが思った。

だんだんと、はじめに感じていた羞恥心のような気持ちは薄れて目の前に広がる光景を
少しだけ取り戻した冷静が観察をする余裕を生む。



非現実的で、醜悪で、無秩序に見えるこの部屋の中で営なわれているこの現実。



確かに、我々日本人は。

とりわけ、いわゆるキャリアを重ねて、
日常で失敗を許されない風土の上に立つ労働者たちは。



抑圧されすぎているのかもしれない。

それでいて、とてもストレス発散が下手くそな民族性が、こんなにも歪んだ現実を生んだのか。



いや、違う。
糞真面目なこの民族は、ただ単に、
与えられたものを受け入れたのだろう。

素直で無知で、けれども貪欲な本性を見抜かれて。




「弱肉強食、か」


「なるほど、確かに」



ふと、感じた視線の方へ目を向ければ
ずっと正面を向いていた彼がこちらをみていた。



「そう言われてみれば…あなたのその唇、ふっくらとしていて、とても美味しそうだ。」


くいっ、と。
まるで映画のワンシーンのように、手入れのされた親指と人差し指とで透子の顎を持ち上げる。

そのままあまりにも自然な動作で鼻先が触れ合うくらいの距離まで顔を付き合わせられれば、
さすがに身構えて透子に緊張感が生まれる。


「でも」


その仕草がまた可愛らしく感じて。
彼がふっ、と微笑んだ気配を感じ取る。



「その、強気な赤もいいけれど、
あなたの魅力をより引き出す色を私は知っている。

是非今度、プレゼントさせてください。」



吐息がかかる距離、

鼻先を突き合わせたまま、
透子の指先を己のそれと絡ませ、引き寄せた。




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その、白くて柔らかい喉に噛み付いて







2017/07/10



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