或る日、路地裏で



時折、唐突に食べたくなって
どうにも我慢ならなくてついつい足を運んでしまう。


自動券売機すら導入されていない、
繁華街やオフィス街からも少し離れた、
とある路地裏で、ひっそりと営業している昔ながらのラーメン屋さん。



お昼時になれば、ほとんど常連の馴染み客が
あふれることもあるようだけれど

透子が訪れる時間は
いつもだいたいそういう時間を外れているから

たまにカウンター席の角っこに
これまた古ぼけた野球帽を装備した常連っぽいおじさんが座っているのくらいしか、見たことがなかった。




「へい、お待ち。」



ぶっきらぼうな大将が透子の注文したラーメンをゴトン、と少し乱暴に目の前に置く。


カウンターに設置された割り箸の束から一膳取り上げて、そのまま両手を顔の前で合わす。


いただきます、の言葉に続いて
パキリ、と割り箸が良い音を立てて綺麗に二等分になった。

もう片手には、レンゲを持ってラーメンをすくい上げた所で擦り硝子の扉がガラガラと音を立てた。



透子の座る席の隣を一つ飛ばしたところに着席した新規の客が注文する声に聞き覚えがあって、思わず顔を上げた。



「あ、やっぱり。谷村さん、どうも。」


「…鈴木さん?珍しいとこで会いますね。」



以前に何度か、仕事の絡みで訪れた神室町のとある金融屋の事務所で偶然知り合った二人の再会。

最後にあったのはいつだったか忘れたけれど。



「鈴木さんも、こうゆうところで飯食うんですね。」


「谷村さんこそ。亜細亜街にご贔屓のお店があるんじゃないですか?」


「そうきますか。あれです、食事も女も、いつも同じものじゃ飽きるじゃないですか。」



言わせないで下さいよ、と、爽やかに冗談めかしていう谷村の言葉はとても自然な感じがした。

薄く笑ったその横顔がなんとも言えなくて。


なるほど。

整っている顔立ちとか、すらりとしたスタイルだとか、外見的なものだけでなく

こういう悪気のない危うげな彼の態度やら仕草に
魅了された女は落ちていくのだろう。



程なくして、谷村の前にもラーメンが置かれて、
彼も先ほどの透子と同じように食事を始めた。




ラーメン一杯を平らげて、フゥ、と一息つく。

丼から顔を上げて、お冷を一口。
ちらりと横の谷村を盗み見ると、透子より後から食べ始めたはずなのに、彼も食事を終えたようだった。

カラになった丼のそばにお釣りのないように
代金分の小銭を置いて立ち上がる。



「「ごちそうさま」」



予期せず、同時に言葉を発してそのまま谷村に続いて店を出た。



店を出た先で、谷村は煙草に火をつけた。



「良かったら、また、今度一緒に食事でも。」



社交辞令の代名詞のような言葉とは裏腹に
色目を使った谷村の表情を

片眉を上げて透子が、見遣る。



「そうですね、考えておきます。」



先ほど社交辞令を述べた谷村と同じような表情で返すと
彼はそっと肩を竦めた。






【 或る日、路地裏で 】


甘美な誘いを、その舌の上で転がして









2016/07/27



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