朴が関西のとある芸能事務所を
経営している、というのは知っていた。



社会人ともなれば
若い頃にどれだけ交流が深くても
会う機会というは驚くほど減っていくもので

先日、連絡を取ったときには
近々会いたいわね、なんて。

そんな風に毎回の社交辞令にも似た希望を
お互いにおまじないの様に繰り返していた、ここ数年。



ついに、顔を合わすことなく、
友人は唐突に旅立ってしまった。



その訃報を、透子に届けたのは
彼女の元恋人の勝矢だった。



彼との別れは、嫌いになったからとか
そんな理由ではなくて。


一緒にいられなくなったから。


ただ、それだけのシンプルな理由。



極道社会に身を投じると決意した恋人に
二つ返事で、ついていきます。と言えるほど
当時の透子は肝の座った女ではなかった。


今であれば多少、
悩むくらいのことはするかもしれないけれど。

それでもやはり、最終的に
無謀で、愚かで、あまりにも若すぎる選択をできる
小娘の様な一途さは、

人生のどこかに置き去りにしてきてしまった。



「すまないな、急に呼び出して。」


「驚いたわよ」



ヒルズの、上層階の一部屋に呼び出された透子は
急な呼び出しを怪訝に思いながらも


電話口での開口一番、
勝矢からの報せに言葉を無くして
良かったら会えないだろうかという申し出には

なんと答えれば正解か、一応は悩んだけれど


十数年振りの着信に躊躇なく応答して、

受話器を耳と肩に挟んでいるうちから
出かける準備を整えていたのだから

それが、答えなのだと自覚した。



「念の為聞くけど、本当なのね?」

「ああ」

「そう。わかった。」



窓際で、夜の街を見下ろしながら、
透子の方を見やるでもなく勝矢は答える。

そんな彼の後姿を見ていると、
むず痒い様な居心地の悪さを感じた。


部屋に招き入れられた時に一度目を合わせてから
それ以来、勝矢はこちらを見ない。

透子もまた、彼の背中に
手を伸ばしたい様なそうでもない様な。

振り向かせたい様で、
そんなことはしたくない様な。


「東京には、よく来るの」

「仕事の都合上、偶にな」


どっちの?、と聞こうとしたけれど、
やめた。

聞いたところでなんとも答えようがないから。



テーブルの上に置かれた赤ワインを
一口飲んだ。

芳醇な香りと、懐かしい舌触りは
彼の好みは変わっていないのだということを実感させる。



そのまま、特に二人の間に会話もなく。

ちびちびと唇を湿らせていたそれも
グラスを空にしてしまった。


この部屋に入る前に脱いで、
バッグの横に折りたたんだコートを羽織ると

ようやく勝矢がこちらを向いた。



「行くのか」

「ええ。あまり私も、暇じゃないのよ」


音もなく、静かに歩み寄った勝矢の表情は
改めて見てみると、透子がよく見ていたあの頃よりも

随分と、歳を取っていた。

お互い様ではあるのだろうけれど
その変化が透子を、なんとも言えない感傷的な気持ちにさせる。


「綺麗になったな」

「…どうしたの。今更。」


「素直な感想だ。本当に綺麗になったよ、お前」


すっ、と自然な仕草で
勝矢が透子の頬を撫でた。


「貴方も変わらず素敵だわ」


「そうでもない。俺は随分と汚れた」


頬を撫でる手をとって、勝矢の顔を見上げれば
その表情から何を読み取ればいいのかわからないくらい、複雑な感情が渦巻いている様に思えた。


「それが、あなたの選んだ道なのよ」


「そうだな。お前と引き換えに、選んだ」


さらり、と。
透子の髪を指に絡ませて、
目を伏せると優しく、口付ける。


それはまるで誓いの接吻の様。




なにかの儀式の様な行いを終えると
勝矢は透子の肩を撫で、退室することを促した。



「悪かったな、引き止めてしまって。帰るんだろう、表に車をまわすからそれで帰るといい。」


「ありがとう、でも必要ないわ。まだ電車があるもの」


透子が、言いながら踵を返すと
勝矢の指先から、するり、と髪が解ける。


そうか、と小さく応えたのを背中で受け止めて
振り返ることはせず、透子は部屋を出た。





ばたん、と扉が閉まったのと同時に。

その場に崩れ落ちる様にしてしゃがみ込むと



少しの間、頬と、肩と、髪に残った

余韻を抱きしめた。





【 紡 】



あなたのせいじゃない、なんて

そんな無責任なこと








2016/06/05



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