LOVE IS BLIND



薄暗い部屋で、テレビから漏れる光が透子を照らしていた。

ソファの端っこで膝を立てて体を丸めて画面を見つめるその横顔に表情はない。
つまらなそうにも思えるし、逆に、食い入るように見ているようにも思える。


画面に映るのは、透子が何度も繰り返し見ている男女のラブストーリーを追った何年も前の洋画。


付き合わされて通して見たことはあるけれど

大吾はこの単調で盛り上がりに欠ける作品の
どこに面白みを見出せばいいのかわからなかった。

テレビから垂れ流される音に混じって
透子がポップコーンをかじる音が、時折する。



「何回見てんだよ、それ。よく飽きねえな」



ソファの空いているスペースに
どかりと腰を下ろして大吾が問う。

それでも透子は、画面から目を離さずに、

口の中で小さく「うん」と
よくわからない返事をつぶやいた。


無骨な指先で、柔らかい唇を撫でるようにしてやれば
透子の舌が大吾の指をベロリと舐める。


目線はいまだに画面を捉えたまま
少しも動かないけれど。



「なあ、久々に会ったんだ。独りの世界に籠るのは止めないか」



既に諦めの含まれたトーンで大吾が言う。

それでも透子は大吾の方を見やしない。


ローテーブルの上に放置されているリモコンのボタンをいくつか操作すれば、
透子の意識は強制的にこちらを向くことは大吾ももちろんわかっていたけれど、

それではあまり意味がない。


完全に諦めのため息をついて、
透子と同じように画面へと視線をうつして
ポップコーンを口に放った。



途端。

プツリ、と短い断絶音と同時に
先ほどまで映し出されていた生活感のない男女の映像は消える。


そして、黒い画面には

つまらなそうな顔をした大吾と、
リモコンを持ったまま大吾の方を向く透子が

モノクロの鏡のように映し出された。



「ごめんなさい、急に来るなんていうものだから既に見始めていたお気に入りの映画を、どこで切り上げたらいいのか分からなかったのよ。」



大吾が透子の方へ顔を向けると、
彼女は困ったように肩を竦めながら笑う。



テレビの明かりがなくなると、
部屋の中はかなり暗く感じた。

しかし、カーテンを開け放した窓から届く
満月の月明かりは思ったよりも明るくて
目が慣れれば、お互いの表情はよく分かる。


逆にこれくらいの照明が、2人にとっては
丁度いいのかも知れない。



「それに」



ふと、寄り添うように距離を詰めてから
透子は大吾の腹の辺りへ視線を落とした。


「電話口の向こうで、可愛らしい声があなたの名前を呼んでいるのが聞こえたりだとか」


つつ、と、指先で大吾の脇腹から鎖骨の辺りまでを
ワイシャツ越しになぞりながら徐々に視線を上げる。


「久々に会う恋人がこれ見よがしに女物の香水の匂いを纏っていたらば」


首筋に達した指が、大吾の顎を掬う。


「そうして、拗ねた素振りを見せる女を、男ならば可愛らしいと受け止めるものではないの?」


甘えるようなその声色に大吾が目を丸くするのと
透子が彼の緩んだネクタイを掴んだのは同時だった。


その目は責めるように、
その手は逃すまいと、

さながら飼い犬のリードのようにピンと張られたネクタイが2人をつないだ。


あまり感情を表に出さない大吾が何か釈明しようと
瞬きを数回したところで、
パッと透子は掴んだネクタイを突き放すようにして、離した。



「…まあ、例えば、の話だけれど。」



その勢いで、大吾がソファの背もたれに沈み込むと
透子がその上に身体を重ね合わせた。

柔らかな髪を撫でながら
どういう意味合いかは測りかねるため息を大吾は吐いた。

そして、透子の頭を撫でながら
ようやく釈明を始める。



「悪かったよ、しばらく、連絡もしなかったもんな」



忙しかったんだ、と

ありがちで当たり前で
何の慰めにもならない理由を言ってのけたところで透子の心は何一つ満たされなかった。



「ねえ、こんな関係、続ける意味があるのかしら」

「あるさ」

「如何してそう思うの」

「俺が透子を愛しているし、透子も俺を愛しているだろう」

「そういえば、そうだったわね」



首筋を撫でて透子の顔を自身の方へと引き寄せる。

重なる直前で、透子の白い指が大吾の唇を制した。


普段ならばそのまま身をまかせるはずの透子の行動に首を傾げてみせると
彼女は眉根を寄せてかぶりを振った。



「先に、シャワーを浴びない?」


上体を起こして、立ち上がる透子が浴室に向かって数歩歩いて、ゆっくりと振り返る。



「恋人を抱くのに、見知らぬキスマークが付いていたらどんなにロマンチックな夜でも興醒めでしょう」



ハッとして、今度こそ焦った様な驚いた様な表情を
あらわにして自身の首筋をその手で弄る大吾にニヤリと透子が笑った。


「あら、誰か、その首筋に顔を埋めたのかしら」


して、やられたり。

観念した様に大吾はソファに沈み込んだまま、
首筋に当てていた掌で目元を覆って笑った。



「例えば、の話だろう」


「ええ、そうよ」






【 LOVE IS BLIND 】



イケないものは全て

愛という名の暗闇に隠して










2016/05/21



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