Are you ready ??



朝日が瞼を刺激して、脳の覚醒を促す。

うっすらと目を開けて、
隣に寝ていたはずの朴を探すけれど
頭の形にへこんだ枕と、若干のぬくもりが残ったシーツだけが残されていて彼女の姿はどこにもない。


ふぁ、と小さく欠伸をしながら
上半身を無理矢理に起こして目をさます。


ベッドの脇には昨夜適当に脱いだはずのスリッパが
きちんとお行儀よく並んでいた。



シルクのパジャマの上に、
柔らかい着心地のカーディガンを羽織って
ベッドルームのドアを開ければ、
珈琲の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。

その日の珈琲の香りで、朴の気分がどんなものなのか分かるくらいになったのは最近だ。
今日の香りから察するに
彼女は少し疲れ気味なのかもしれない。


それもその筈。
デビューを目前に控えた新人アイドルの為に、
社を挙げて奔放している真っ最中なのだから。
ダイナチェアの営業担当として雇われている
透子もまた、彼女と同様に日々の疲労は確実に蓄積されている。



「おはようございます、今日も早いですね」


「おはよう。私が早いのか、貴女が遅いのか、そこには触れないでおきましょうか。」



新聞の記事から目を離さずに、
朴は優しい声色で辛辣な台詞を吐いた。

ボリュームを限りなく絞られて時間を確認するためだけにつけられたテレビを見やれば、
朝の顔である爽やかなアナウンサーが
おはようございますの挨拶をしてから
まだいくらも経っていない時間帯である。


彼女が昨夜ベッドに入ったのは
少なくとも日付が変わってからだというのに、
いくらもない睡眠時間であれほどパワフルに稼動できる朴のワーカホリックぶりに関しては尊敬を通り越して呆れてすらいる。


そう思うとやはり、
朴の朝が早すぎるのだ、と透子は思った。



冷蔵庫からいくつかフルーツを取り出して、
適当に食べやすい大きさにザクザクと切って皿に並べる。

それから小さめのスープボウルに
ヨーグルトを盛って蜂蜜をスプーンで2杯ほど。


いつもの朝ごはんが出来上がるとダイニングに並べた。


朴は既にきっちりとスーツを着ていて、
メイクもしっかりされている。

赤のルージュで彩られた唇が、
瑞々しいフルーツを包み込む姿はエロティックだと透子は思う。

その様を見たくて、朴が好むフルーツは少しばかり大きめのサイズにカットしていることを朴は知らない。


朴に珈琲のお代わりを注いでから、
透子も身支度を整える。

ワンマンすぎる社長に対する憧れは
透子のファッションセンスとか、
立ち振る舞いに色濃く出ていて入社した頃は長かった髪も、短く整えるようにしていた。


初めて頸に風を感じた時、
ショートカットは自分には似合わないと思ったが

「素敵じゃない、私は好きよ」

という朴の一言で
そんなネガティブな思いはどこかに吹き飛んだ。



身支度を整えて、鞄を肩に担ぐと朴が顔を上げた。


「あら、今日は早いのね」


「今日は出社前に直接、局へ向かいます。あのディレクターさんなかなかアポ取れないんで朝一じゃないと。」


「そういえば、昨夜そんなこと言ってたわね」


すぐに興味をなくしたような口ぶりの朴が立ち上がる。
彼女のいつもの出社時間はもう少し遅いはずだ。

そっと、
透子の横に立つと後頭部を撫でる。



「美麗、さん?」


「行ってらっしゃい、と言いたいところだけれど」



元アイドルの美貌は衰えを知らない。
美しい眼差しで見つめられると担いだはずの鞄を思わず置いてしまう。

長い睫毛と切れ長の瞳。
赤いルージュと白くてキメの細かい肌。

目を奪われれば瞬きさえも忘れてしまう。



「そんな期待した様な眼をしては、駄目よ。」



ふっと頬を緩めた彼女の笑顔は、
途端に無邪気なものに変わる。


「襟足のところ、髪が跳ねているわ」

「え、嘘…!もう、そういう事は早く言ってください」


慌てて、後頭部を押さえつける透子の手をとってソファへ導く。


「あのディレクターは時間にルーズよ。それにだいたい朝の約束なんてすっぽかされるわ。」


透子を座らせて、ブローをし直しながら朴は言う。

いやしかしアポはアポで、となにやら喚く透子の唇に人差し指を当てて黙らせる。
しばらく無言のまま、身を任せていると

そっと、ブロードライヤーの電源がカチリと音を立てて、切られた。
朴の指先が、振り向いた透子の髪の分け目を微調整する。


「私が昨夜アポ取り直しておいたから、午後一で行きなさい。はい、直ったわ。」


釈然としないながらも、それなら早くそう言って欲しいとぶちぶち愚痴る透子の唇に、
テーブルの上のグレープフルーツを一つとって押し付ける。

そうされると素直にそれを口に含んだ透子の隣に座り、同じ整髪料の香りのする頭をもう一度、撫でてやる。


口内に広がる柑橘の果汁を味わいながら
ストッキング越しの足を互いに絡ませれば

揃いのペディキュアが恥ずかしげもなく触れ合った。






【 Are you ready ?? 】




敬愛する貴女のお役に立てるのなら


如何様にも。








2016/05/14



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