百日紅の花



庭に凛と佇むつるりとした肌触りの幹。

毎年咲き誇る、白色や桃色のしわくちゃの花は
可愛らしく思える日もあれば
その散り様は美しく。

花びらがすべてなくなる頃には、
ああ、また背筋を丸める季節がやってくるのだと
季節の移り変わりを感じさせる。



今年、まだその木が蕾もつけないくらいの頃。
藤堂は折りたたまれた萌葱色の羽織を透子に手渡して裾を繕ってくれないか、と頼んだ。

別に構わないけれど、と何の気なしに受け取って
その羽織を広げる。

背中に刺繍されたその紋を見て驚いた透子の目に次に映るは、
藤堂のはにかんだ様な、困った様な表情だった。


長くはない付き合いの中でも、
彼がそういう顔をする時は決まって何かを聞いても答やしない時だから、透子は小さく溜息をついて裁縫箱を手繰り寄せた。



きっと、これも。
彼のお役目なのであろう。





最初の頃は見慣れなかった萌葱色の羽織も
いつからか、違和感はなくなっていた。

けれど、町中で偶然に藤堂を見かけた時に
彼を取り巻く同志達と、彼自身のその表情は
どこか陰鬱とした印象で

本来の彼とは、ちぐはぐに感じていた。



浅葱色の羽織の頃は、
彼はもっとよく笑っていた様に思う。





花が散り始めた頃。

庭を掃除していた透子が顔をあげると
縁側で足を投げ出してぶらぶらと遊ばせる藤堂の
少し疲れた様な顔が目についた。


「最近忙しいの」


隣に腰掛けて問いかけると俯いていた藤堂の顔が透子へと向けられる。
その表情はいつもよりも随分と幼く見えた。

元々、人を食ったような言動は多かったけれど
基本的にはいつも溌剌としていたはずの彼の目元には薄っすらと隈すら伺える。


「あまり変わらない。むしろ少し退屈だ」


「そう」


言って、彼は大きくため息をつく。
その頭を透子の肩に乗せれば、珍しく彼を上から眺める形になった。

そろそろ寒くなってくる季節だけれど、
そんな頃の陽だまりはとても貴重で暖かい。


「あの木は、なんていうの」


はらりと散る花弁の一つを目で追いながら藤堂が問う。


「百日紅、というのよ」


「百日紅」


何度かその名前を反芻する藤堂の頭が
徐々に重たさを増す。

見かねて、透子が自身の太ももを数回たたいて見せると藤堂が顔を少しだけほころばせて、縁側に寝そべる。
膝枕をしてやれば藤堂が大きく息を吸い込むのが分かった。



「百日間、花をつけているから百日紅と。」


「そう」


「毎年綺麗に咲くのよ、来年も平助さんと見れるかしら」


「そうだな、来年も透子と…」



藤堂の肩に置いた手が、彼の呼吸に合わせて規則正しく上下する。

そっとその顔を覗き込めば、
その瞳は閉じられて長い睫毛が時折揺れる。



ひゅるりと陽だまりに似合わない冷たい風が吹く。
少し寒気を感じて透子は、藤堂の肩を撫でた。



何もできないけれど、
せめて。


寝不足と疲れでできた隈やら、

秋の終わりの木枯らしくらいからは、

彼のことを守りたい。



上半身で藤堂を包み込むようにして抱きしめた。






【 百日紅の花 】




来年も、その先も、ずっと。








2016/05/18



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