その花の名前は

01咲かない花の名は

 昼食を食べ終えた花巻がデザートのプリンを開封する横で、さきほど遊びに来た及川が楽しそうにスマホをいじっている。あっという間に昼食を食べ終えた岩泉は花巻から借りたであろう少年雑誌を一生懸命読み、松川はそれを後ろから眺めてる。
バレー部三年はなんだかんだ仲がいい。他人からすれば、その中に私もしっかり含まれるらしい。確かに、日頃のバカ騒ぎを鬱陶しいと感じることは多々あるものの、結局はこいつらのバレーに対する熱を心地良いと感じてしまうのだ。
暖かな昼間の日差しのせいか、ぼーっと眠気に襲われながらそんなこと思っていると、さきほどから楽しそうな表情を浮かべていた及川が「見てみて!」と自分のスマホ画面を見せてきた。そこには、あどけない顔の私たちが仲睦まじく写っていた。自分の髪型で何年前の写真か理解した。

「なにこれ。一年の合宿の時撮ったやつ?」
「ピンポーン」
「うわ、懐かしっ。どうしたんだよ」

 昔使っていたスマホの本体に保存されていたらしいソレは、一時的に私たちの興味の的になる。
もうこのときから二年も経つのか…なんてしみじみ思っていたら、プラスチックのスプーンを口にくわえた花巻の顔がぐいんと近くまでやってきた。顔と顔の距離、僅か数センチ。平常心を保ちながら口を開け、無言で催促するこの行為にもいい加減慣れてきた。くわえていたスプーンで適量をすくいあげ、そのまま私の口に流し込んでくる。…さすがに間接キスは慣れないけど。

「まさにこの写真の合宿の時も、リナちゃんとマッキーそれやってたよね」
「そうだっけ?」
「あれだろ。アイス」

 こちらの話を全く聞いていない素振りだった岩泉が口を開く。花巻とのやりとりを記憶されているのは、少々恥ずかしい。及川や岩泉の話を聞いて一言「あぁ」と呟いた松川も、なにか思い出した表情だった。

「リナちゃんが買い出しで全員分のアイス買ってきてくれてさ」
「自分の分買い忘れて凹んでたやつだろ」
「変なとこぬけてるよな」

 ぽんぽんと頭を撫でてくる松川は、完全に私をバカにしてる。そして調子に乗ったピンク頭の阿呆がニヤニヤしながら私を見下している。殴りたい。
 思い出した。一年の合宿で確かにそんな出来事があった。そのとき初めて花巻に食べかけのカップアイスをもらったのだ。

「俺がいかに優しい男かって話だよね」

 好きでもない女に無駄な優しさばらまいておいてよく言う。心の中の毒づきがバレないよう涼しい顔で「はいはい、ありがとうね」なんてクールに振る舞うと、予想通り。面白くなさそうな不貞腐れた不細工な顔。

「その顔、まぁまぁブスだよ」
「あーあ。この頃はリナもいちいち顔真っ赤にして可愛かったのにな〜」

 もう一度過去の自分を見てみれば、なんとも幸せそうに頬を赤らめ花巻の隣でピースなんかしてる。冗談じゃない。気分屋のあんたにいちいち素直な気持ちで付き合ってたら、心臓がいくつあっても足りないし、私の心はあっという間に砕け散ってしまうことだろう。
 いつからか虚勢を張って、よき理解者面をするようになった。臆病な私は、必死に恋心を隠して少しでも近く、長く一緒にいることを選んでしまったのだ。

「まぁ、今のリナも好きだけどネ」

 突然落とされた核ミサイルに頭の中が真っ白になってしまった。わかってる。花巻の″好き″が″like″だってことくらい。

「私も好きだよ」
「まじか。やったね」

 どんな感情だったとしても、この言葉に私がどれだけ舞い上がっているか。あなたはきっと想像もしてないんでしょうね。むかつく、という意味も込めて最後の一口だろうプリンを横取りした。
 こんな私のぐちゃぐちゃした気持ちを知ってるであろう三人が、なんとも形容しがたい表情で見ているような気がするけど、今は気にしないでおこう。花巻の後ろに見える大きな桜の木がやたらと綺麗で、ひらひら舞い散る花びらたちが少しだけ羨ましかった。
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