その花の名前は

00はじまりは些細なこと

 物事のきっかけなんていうものは、些細なことである。私が青葉城西高校に進学を決めたのも、近くはないものの家から歩いて通える距離だったから。あと、途中にお気に入りの珈琲屋さんがあったから。入学してすぐバレー部のマネージャーになったのも、勧誘してきた先輩が少しタイプだったからだ。単純すぎて笑ってしまう。

 高校三年の春。入学式を終え、各自新しいクラスの張り紙を見て一喜一憂するなか、こっそりため息をついた。

「よーし、三年連続。やったな」
「どのへんが″やった″に繋がるの?」

 私のため息が聞こえていなかったのか、悩みの種がやたら上機嫌で肩に腕を回してきた。入学式前に整えてやったネクタイはもう緩めてある。
 花巻とは高校一年からの、所謂腐れ縁という仲になってしまった。一年、二年と同じクラス、同じ部活。二年に上がる頃にはすっかり仲良くなってしまったのもあり、面倒くさい委員決めで「リナと同じでいいや」の一言。年中行動を共にしているのだから、そりゃぁカップルと間違われても仕方がない。ありがた迷惑な話である。

「なに。俺と一緒でリナちゃんは嬉しくないの?」

 さきほどの返答がお気に召さなかったのか、ずいっと近づいた花巻の表情は意地が悪い。こんなとき体は正直なもので、トクンと鳴った自分の鼓動に苛々する。じーっと見つめてくる視線に耐えきれず、口から出た「そんなこと言ってない」という私の小さな声を確認した花巻の表情は、ニっと嬉しそうな笑みに変わった。


 そう。きっかけなんていうものは些細なことなのだ。悪戯っ子のようなニッとした笑顔を、不覚にもかわいいと思ってしまった二年前の自分をいくら恨めしく思ったところで、この胸のもやもややドキドキはどうにもならない。寧ろ、年月が経てば経つほど。花巻という男を知れば知るほど深みにはまっていくのだ。
 コートにいる時の真剣な顔がとても綺麗なこと。試合に負けた時の悔しそうな顔がかっこいいってこと。後輩を可愛がるときの先輩面がたまらなくおかしくて笑えること。私にしか見せない、甘えたような無防備な顔がとてもいとおしいってこと。

 本日二度目のため息は、先ほどより長く重い。さすがに今回のため息は見過ごせなかったのか、少々乱暴に頭を撫でられた。髪の毛乱れる。

「あとでいいもんやるから。元気出せよ」

 女をどう元気づけたらいいのか分からない男の精一杯がひしひしと伝わってきて、つい笑ってしまった。「花巻からの愛が欲しい」なんて乙女チックなことを言うことが到底できない私は、あとで貰えるであろうシュークリームを楽しみに今日を乗り切るのだった。
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