その花の名前は

09向日葵はもう咲かない

 いくらか過ごしやすくなってきた夏の終わり。西に傾いていた日の光がすっかり消えた時刻、家から歩いて十分ほどの小さな神社に私はいた。さほど大きくない鳥居の向こうでは、既に盛り上がりをみせる屋台があちこちに。チョコバナナに目を奪われていると「おまたせ〜」と及川の能天気な声が聞こえてきた。

「女を待たせるなんて、そんなんだからフラれたんだよ及川」
「ちょっ、いきなり傷えぐってこないで!」
「あと一ヶ月持ってれば俺の勝ちだったのによー」
「花巻、あとで焼きそば奢りね」
「マッキーとまっつん、まさか賭けてたの?!」

 代わり映えのしないいつものメンバーが今日も元気に騒いでいる。学校や部活で毎日のように顔を合わせているせいか、なんだかこの光景がものすごく久しぶりに感じ、ほんの少し嬉しく思ってしまった。

 ことの発端は何気ないやりとり。ポロン、ポロンと続けて鳴る通知の犯人は及川で、そもそも何の用事があって連絡してきたのかも忘れてしまったが、それくらいどうでもいい内容だったに違いない。いくつかのやりとりを交わし、互いの夏休みの過ごし方に青い春を全く感じられなかったのが全てのきっかけだ。海、プール、花火大会、BBQ等々、夏らしいイベントを何も行っていないことに今さら気がついたらしい及川からの召集により、いつものメンバーがここに顔を揃えている。地元の人しかいかないような小さなお祭り。それもそのはず、大きなイベントはどこも終わってしまっている。…まぁなんだかんだ言いつつ、夏の思い出を作りたいという思いは私も同じだったのだろう。一方的に指定された浴衣着用ルールをしっかり守っている自分がちょっと面白い。

「あれ、岩泉と花巻。 浴衣はどうしたの?」

 いか焼きを頬張る岩泉、ベビーカステラが入っているであろう袋を手にしてる花巻はTシャツにハーフパンツと、なんともラフな格好だった。私の問いに二人は顔を見合わせ、打ち合わせでもしたかのような息の合いっぷりで「なかった」の一言。ほんの少し残念がってる私の気持ちなんて知ったこっちゃないと「馬子にも衣装ってやつ?」なんて、予想通りの嫌味がピンク頭のにやけ面から飛んできた。そりゃあね、期待なんてしてませんでしたよ。…………否、正確にはほんのちょびっとしてたけど。
 腹いせに花巻の持つベビーカステラの袋を奪い、小競り合いをしていると。

「浴衣似合ってるよ、リナ」

 急に頭を撫でられ、直球な誉め言葉を受けて戸惑うなという方が無茶だ。思いもよらなかった松川の言動に、ここにいる全員が目を見開いて驚いた。何食わぬ顔でいる松川に軽くお礼をしたところで、なんとなく固まってた及川たちも我にかえったようだ。屋台の方へ歩きだす。

 焼きそばから始まり、フランクフルトにかき氷たこ焼きじゃがバター、射的……あとなんだっけ。岩泉と花巻を筆頭に、主に食メインで回ったせいか胃袋の限界が近い。射的で誰が景品をいち早く落とせるかゲームをしていた男たちはまだまだ元気だし、岩泉に関してはまだ何か食べてるし驚きしかない。ちなみに射的ナンバーワンは及川だった。獲物を捕らえる能力に長けてる、と考えれば納得の結果だ。

「ちょっと休憩しよっかー」
「っていうか、本当に小さい祭りだしこのあとどうするよ」
「…どこか近くの公園で花火でもする?」

 何気ない私の案に全員が頷き、即採用された。まだ帰るには早いし我ながら良い提案をしたものだ。

「あ」
「なに」
「私チョコバナナ食べてない」
「……さきほど腹がはち切れそうだとおっしゃってたのはどこのリナさんでしたっけ?」

 私の一言に意地悪な茶々いれをしてくる隣の男を肘で小突いた。ほんとムカつく。ムカつくけど好きだ。「はいはい、どうせ食い意地はってますよ」と開き直り、来た道を戻ろうとした時。

「まった」

 手首をぐいんと引っ張られ、瞬間、数秒、私の背中は花巻の熱に包まれた。びっくりしてついすぐ距離をとってしまったのが少し勿体なかったけど、いきなりどうしたのか。「俺も行くから」と、私の考えてることを察知したかのような返事を聞いて「あぁ、うん」なんてあっさりとした言葉しか出てこなかった。
 及川たちに一言告げ、入り口近くの屋台まで戻る間、隣を歩く花巻の表情はさきほどまでのヘラヘラ顔と打って変わってどこか神妙な、解けない問題集を開いてるときのような顔だった。花巻が真面目な顔で静か、というのはどこか気持ち悪い。

「なに真剣な顔してんの?きもちわるい」
「カッコイイって素直に言ってもいいんですよ」
「ハナマキ、カッコイー」
「リナさん、感情こめましょうか」
「浴衣姿を素直に褒めてくれないような人にはこれで充分ですー」
「……あー、いや、あれはさ…」

 出会い頭言われたことを冗談で恨みがましく言ったはいいものの、予想していたリアクションが返ってこなかった。てっきり「はいはい、かわいいですヨ」なんて軽口が返ってくるかと思っていたのに、横を歩く花巻は「あー」だの「うー」だの唸っていてなんだか忙しそうだ。
 そうこうしているうちにチョコバナナが並ぶ屋台に到着し、葛藤している花巻を放って会計を済ませた。薄くコーティングされたチョコレートがパリっと小さな音をたて口の中で溶けていく。お腹はいっぱいだけど、スイーツは別腹だな。

「じゃぁ、戻るか」
「え?なんで?花巻買わないの?」
「食うとは言ってねーぞ」
「じゃ何でわざわざ…」
「…少し二人で回りたかった」

 思考が止まったのはほんの一、二秒のこと。言葉の意味を理解した瞬間、つい顔を背けてしまった。こういう思わせ振りなことを言われるのには慣れていたはず。なのに、今日は。あまりにも真剣に言うから。少し照れながら言うもんだから、花巻のそれらが伝染したのだ。
 なにも言えないでいると「わりぃ。ちょっときて」とバツの悪そうな花巻に腕をひかれ、人混みから外れた脇道へと出た。花巻はくるりとこちらに向き直ると、ぺちんと私の額にデコピンをしてきた。

「なにすんのバカ花巻!」
「っ、あんな顔真っ赤にすんなよな!調子狂う!」
「調子狂うのはこっちなんだけど?!急に”二人で回りたかった”なんて、照れるに決まってんじゃん!」
「事実なんだからしょーがねーだろ…つうか、浴衣も、すげー可愛くてびびるし。何なんだよお前。動揺すんだろ」

 一切こちらを見ずに、ぶつぶつ文句を言っているようにしか聞こえない誉め言葉に殺されるかと思った。っていうか、今日の花巻は少し変だ。熱でもあるんじゃないかと心配になってきたので、一歩距離をつめおでこに手を当てる。うーん、熱くはない。

「なにを…」
「熱でもあるんじゃないかなって。なんか花巻へ…ん……」
「あー…悪い、つか、うん。……やっぱ俺、熱あんのかもな」

 上半身を曲げ私の肩へ落下してきた花巻の頭。コテン、なんて可愛らしい効果音が似合いそうな構図かもしれないが、私の心臓はそんな可愛らしい音ではすまなかった。この姿勢のままぼそぼそ喋る花巻の声はいつもより低くて、好きだなぁという単純な感想しか生まれない。

「さっきも思ったけど…リナって小さいのな」
「…そりゃ花巻に比べればね」
「だよなー…女だもんなぁ…」
「ちょっと、まじでどうしたの花巻」

 しみじみと女であることを確認されるのは複雑だ。やはり様子のおかしい花巻が本気で心配になってきて、肩に乗ってる頭に触れる。すると、手首を熱い大きな手で捕まれた。見たことない、鋭い瞳。やば、顔、赤くなってるかも。
 乗せてたおでこはいつの間にか肩から離れてて、その代わり、私のおでことくっつきそうだった。肩を組んだりハグしたり、間接キスもなんてことない関係ではある。けれども、どれも友人としてのスキンシップ。決してこんな、熱のこもった視線を向けてくる男ではなかった。花巻と二人きりでこんなに息ができないことがあっただろうか?くっついたおでこの熱から生まれた熱い滴はどちらのか分からず、それがじっとりと流れてく。官能的な状況に私の体温は上がる一方だ。

「……冗談やめよ。っらしくないし、リコちゃんに見られたら…」

 カラカラの喉からやっとの思いで発した声はか細く、吃驚するくらい女っぽくて我ながら恥ずかしくなった。来ているかどうかもわからない、否、きっと来ていないだろうけど、口から出た制止のための名前は威力大だったようで、はっと夢から覚めたように花巻の瞳はいつものそれに戻り、勢いよく体が離れた。

「悪い…まじで、俺…」
「私はいいけど…彼女持ちなんだからさ。誤解されるようなことはやめなよね」

 声、震えてないかな。私、ちゃんと友達の顔できてるかな?一つ一つ確認しながら、丁寧に喋るも、花巻は本当に自分の行いに吃驚しているようで私のことなんて気にしてる余裕なさそうだった。
 少しギクシャクした沈黙を破ったのは、私でも花巻でもなく私のスマホの着信音。なかなか戻ってこない私たちを心配してか、相手は松川だった。松川の「遅いけどどうかした?」の問いにどう答えるべきか、焦って
出た答えがこれまた最低で、「花巻が急に腹痛になってさー。でも今出てきたから戻るよ!」なんて明るく言って電話を切った。と同時に、思いきり吹き出す音。

「ひっでー言い分け…!」
「うるっさいな!それしか出てこなかったの!」
「俺戻ったら腹下してたふりしねぇとだろーが阿呆」

 これでも食らえ、と言わんばかりに髪をぐしゃぐしゃかき混ぜられ、つい笑ってしまった。さっきまでの変な空気はどこかへ飛んでいき、いつもの私たち。そうだ、これがいい。都合のいい勘違いなんてしたくない。だから、これでいい。そう心の中で復唱した。
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