その花の名前は

08優しいきみが居なくなる瞬間

 すっかり日も暮れたはずの外から聞こえてくる蝉たちの大合唱が、嫌というほど熱帯夜を感じさせる。そりゃアイスも溶けるわけだと、液体になりかけてる最後の一口を流し込んだ。
 夏休みも終盤。今年の夏は何をしたかなと思い返すも、頭のなかでよみがえる映像は体育館とバレーボールと部員たち。好きでやってはいるものの、健全な男子高校生たるものこれでいいのか。いいや、よくない。よくないから、明日は思いきり夏を満喫するのだ。

『は?デート?』
「彼女から誘われたからね」

大事な試合前日やテスト前などの眠れない夜、俺とリナの長電話は最早恒例行事のようになっていた。もうどっちからかけだしたかも分からない。…いや、リナは寂しがり屋なところがあるからあいつからだな。高校最初の公式戦にビビって俺から電話したなんてこと、確かなかったはずだ。
 真面目なことに、明日参考書を買いに行くらしいリナは「せいぜい去年の二の舞にならないよう」なんて冷めた口調で嫌味なことを言ってくる。

『っていうかデートくらい自分から誘いなよ。彼女かわいそ』
「うっ…そ、それどころじゃなかったろ実際」
『どうでもいいけど、明日も暑いんだからちゃんと彼女の顔色伺ってあげなよ?花巻気が利くようで利かないとこあるし。時間厳守して洋服も誉めてあげなね?あと、歩く速度はちゃんと合わせること。サンダルだと足も疲れやすいんだから。いつも私に歩幅合わせないけど、くれぐれも…』
「お前は母ちゃんかっての!わぁってるよ!」

 日頃、俺にどれだけのストレスを感じてるんだこいつは。「いつもすみませんねー」ととりあえず謝っておくことにしたが、電話口で眉間の皺を深めたのがなんとなく分かった。俺すげえ。
リナの感じる不満は、きっと俺の甘えなのだろう。リナといると落ち着くが故の行動。さっきは否定したものの、”母ちゃん”という例えはあながち間違っていなのいのかもしれない。

『じゃぁ明日早いでしょ?少しでも早く寝て、少しでもいい顔にしときな』
「もう少しかわいいおやすみメッセージはねぇのかよ」
『…明日からまわりしないように、たっぷり睡眠を』
「もういい、ワカリマシタ」

 くだらないやり取りを交わし「おやすみぃ」なんて気の抜けた最後はいつものこと。デート前日の夜、いい気分転換になったなと満足しさっさと眠りについた。



 待ち合わせは駅前、時計台の下に十一時。昨晩リナに言われた通り、十分前に到着した俺は、じりじりとアスファルトを焦がす太陽の攻撃にうんざりしていた。帽子被ってきて正解…っつーか、ないと頭皮が死んでしまうところだった。気合いの入る日とはいっても、男の支度なんてたかが知れている。こんなに暑くても女子は化粧やらなにやら大変だなぁとぼんやり思ってると、遠慮がちに服の裾を掴まれた。

「は、花巻先輩…お待たせしました…!」
「お、あぁ。待ってないよ」

 じゃ、行こうか。なんて、少女漫画かってくらいお決まりの台詞がするりと口から出てきて心のなかで吹き出してしまった。めっちゃデートじゃん。
 控えめに俺の半歩後ろを歩く彼女。薄井リコちゃん。俺が知ってる彼女の情報は、その名前と学年が一つ下だということと、とても大人しいってこと。あと……俺のことをとても好いてくれているということくらいだ。最後のはなかなかに恥ずかしいが、俺を目の前にすると挙動になる言動、頬の赤さがそれを物語ってた。それを冷静に分析してる俺もどうなんだと一人ツッコミをいれたところで、リナの言葉を思い出した。

「あっ、服かわいいね」

 思い出したように、とはこのことだ。着ているものくらい誉めてやれというリナの言葉を思い出した俺は、清楚な白地のワンピースを指差し誉めてみた。途端に表情が緩むリコちゃんを純粋にかわいいなと思ったし、リナに感謝した。

「花巻先輩が、どんなのが好きか分かんなくて…すっごい悩みました」

 照れたように笑う姿はいじらしく、正直俺でいいのか?という疑問すらでてくる。涼しげな白に青い花が咲いているその清楚なワンピースは確かにかわいいが、俺の好みかと言われれば少し違ったのだ。女の子はどんな服を着ていてもかわいいから、特にこだわりは強くないが、強いていうならもう少し体のラインが分かるようなスポーティーな方が好きだったりする。だってオトコノコだからね。ただ、こんなことリコちゃんに言おうものなら、自らデートを台無しにするようなものだ。黙っておこう。赤裸々に語るのはもう少し先でいい。

 数ヵ月前に新しくオープンしたカフェレストランが、ようやく入りやすくなってきたという噂は本当だった。到着して五分ほどで中に通してもらえた俺たちは、ラッキーなことに窓際のゆったりとしたテーブルに案内された。

「私、ここ初めてなんです。すっごい混んでたから諦めてて」
「俺も俺も。前にリナと覗いたときなんて外の角まで並んでてさ」
「リナって、横瀬先輩ですか?」

 なんとなく”しまった”と思った。デート中に他の女の名前を出すのは不味かっただろうか、恐る恐る彼女の顔色をうかがえば意外や意外。瞳を輝かせて「憧れてます!」なんて言うもんだから拍子抜けしてしまった。

「バレー部の練習、上から見てたんですけど…横瀬先輩の選手のみんなを全力で支えてる姿がすごく素敵で…凄いなって感動しちゃって」

 何故だか、自分を誉められるよりも遥かに嬉しく感じた。そう、あいつってスゲーやつなんだよ。面倒くさい俺らの面倒を見て、大所帯のバレー部全員のサポートして、試合で声枯れるくらい応援して。そういう頑張りを、俺たち以外の人間もちゃんとわかってくれてるという事実が、とにかく嬉かった。

「なんか、ありがとな」

 今度直接言ってやってよ。そう付け加えると、リコちゃんは一瞬目を見開き少し寂しそうに笑って頷いた。
 広げていたメニュー表を閉じると、ちょうどよく店員のおねーさんが「お決まりですか?」と声をかけてきた。どれも美味そうで正直悩んだ。とくに魚介パスタは捨てがたかったが、どうせ今度リナと来るだろうし、パスタはその時にとっておこうとデザート付きのランチセットを注文する。リコちゃんも続けて注文しだした瞬間、窓外を眺める俺の視界にまさかの光景が飛び込んできた。

 ”明日は参考書を買いに行くけど…花巻も行く?”

 昨晩、電話でのリナの台詞がこだました。聞いていたとおり、どうやら本屋に向かっているらしく、暑さに顔をしかめながら歩くリナの姿がそこにあった。ただ、聞いていなかったのは隣の人物。松川と二人で楽しげに肩を並べて歩いている姿に、何故だろう。言葉がうまくでてこなかった。
 もし今日のこのデートがなくて、昨日の誘いに乗っていれば、あそこにいたのは俺だったはずなのに。
 そんな馬鹿げたことを思ってしまうくらい、俺の頭は暑さでやられたのだろうか。これじゃあまるで、俺が嫉妬してるみたいだ。嫉妬?なんで、どうして。
 外した視線をもう一度戻すと、走行する自転車からリナを守ろうと肩を掴んで自分へと引きつけてる場面だった。そんなサイコーなタイミング、俺は確実に一瞬松川と目が合った。少し驚いたように目を見開いたのもほんの数秒。松川は何食わぬ顔でしれっと視線をリナに移し、その場を去ってしまった。

 「花巻先輩、どうかしました…?」

 リコちゃんの声で我にかえった。そうだ、今はデート中で俺にはこんなかわいい彼女がいて、だから、今こんなに心臓が五月蝿いのも、それは目の前のこの子に緊張しているからで。

「ごめん、なんでもない」

 ここ最近、制服とジャージ姿しか見ていなかった久しぶりのリナの私服姿は、どこか眩しくて正直好みだった。つうか、あいつあんな胸あったっけ。少し痩せた気もする。いつも一番近くにいたはずなのに、なんで今そんなことに気がつく。

”なら俺、本気出すよ”

 いつかの台詞と今の光景がイコールで結ばれた気がした。リナを見るあいつの目は、今俺の目の前に座ってる彼女とどこか似ていて、それはつまりそういうことで。確認はできなかったが、もしリナも同じような目であいつを見てたら、俺はなんていってやればいいんだろう。すっかり温くなった水をぐいと飲み干し、難解な問題を頭から追いやった。
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