その花の名前は

06五秒だけ側にいて

 夏場の部室というのは最悪だ。じめじめむしむし。とくに部活終わりはでかい男たちが横並びになって一斉に着替えるのだから、暑苦しいったらない。まぁ、一番でかい俺が言えたことじゃないけど。
 ネクタイを緩く締め、ぼさぼさになっていた髪をロッカーの鏡でちょんちょんと直す。辺りは暗くて後は家に帰るだけなのに、まったく何やってるんだか。零れた息は金田一の「お先失礼します!」という元気な挨拶によってかき消された。
 いつも通り、最後まで部室に残っているのは俺たち三年だけ。鍵の当番である及川が、この前出来た年下の彼女について話しているのを全員右から左へ聞き流すのも上手くなったものだ。なんだかんだ相手にしてやってる岩泉は毎回偉いなと心底思う。
 普段はバレーボールに全てを捧げている俺たちも、思春期真っ只中の男子高校生。ユニフォームを脱げば、話題はやはりバカみたいな話でもちきりになったりする。

「あれ、マッキーそれラブレター?」

 普段そこまで人の恋愛話に関心を持たない俺だが、今日は違った。及川の一言に、ピクリと体が反応する。ヤバイ奴にばれてしまった、といったところだろうか。ばつの悪そうな花巻の顔を見て、及川の指差す物がラブレターであることを確定させた。

「ラブレターっつうか……連絡先が書いてあるだけだよ」

 隣で難しい顔をしている岩泉が視界に入り、今日のリナの様子を思い出した。そういえば、買い出しに行ってたリナを迎えに行ってから様子がおかしかった。もしかして。

「お前それ、さっき貰った?」
「……見てた?」

 首を左右に振り否定はしたが、その回答を聞いてなんとなく察してしまった。外で待っているであろうリナの側にすぐさま行ってやりたかった。けど、俺が行ってもどうにもならないことが分かりきっている手前、行動を起こすことに躊躇してしまう。
 及川と花巻が喋っているのを遠くに感じながら、去年の記憶がふっと頭のなかを駆け巡る。

『なんでもないよ』

 そう言って微笑んだリナの、あの壊れてしまいそうな泣き顔が今でも忘れられない。何があったのか、どうして涙が頬をつたっているのか。聞きたいことは山ほどあったのに、背筋をピンと伸ばして平気そうな顔をしていたリナを見たら、俺はただ側にいることしかできなかった。

 いま思えば、あの日リナが泣いていた理由は簡単だった。去年の秋、同じ学年の女子に花巻が告白されていた。初めての告白に浮かれきっての即オーケー。まさかの交際開始で、俺たちはただただ驚くしかなかった。結局、勢いで始まったその交際も三ヶ月と持たず自然消滅。否、確かあれは花巻がフラれたんだったか。まぁどっちでもいい。とりあえず、あの時期リナは相当辛かっただろう。
 脆いくせに、なかなか弱音を吐こうとしない意地っ張りな性格をかわいいと思うようになってしまったのは一体いつからだろう。俺もなかなかに報われない想いを抱いてしまったものだ。
 あいつが幸せになるなら、またあんな風に泣かないですむなら、いくらでも支えになってやろうと思ってたのに。そうか、またか。

「花巻、お前それ結局どうすんの」

 俺と同じく、いままで黙っていた岩泉の低い声が部室に響いた。喜怒哀楽、どの感情とも言い難いその声は、一瞬だけ空気をピリリとさせた。

「まぁ、前向きに考えてみるつもり…だけど」
「そっか……お前が後悔しねぇなら、別にいいけどよ」

 他人の色恋沙汰に普段興味を示さない岩泉が珍しく突っかかってきたからだろうか。突然のことに気味悪がっている花巻の様子を見て、つい本音が出てしまった。

「リナは、どうすんの」

 俺の一言に、目を見張る及川と岩泉。まぁ、そりゃそういうリアクションになるよなと俺は妙に冷静だった。一方、質問を投げ掛けられた花巻は「は?」とすっとんきょうな声をあげている。

「なんでリナが出てくるんだよ」
「本当に?好きじゃない?」
「あのな、まじ男友達みたいなもんだからって、お前らが一番わかってんだろ」

 あぁ、花巻。お前ってほんとバカ。そう言って、自分がどんだけリナを大事にしているか気づけていないなんて。居心地のいい関係に甘えきって、あいつをきちんと見ようとしないなら。

「なら俺、本気出すよ」

 自分でも驚くくらい真っ直ぐな、迷いのない声が目の前の花巻を突き刺す。肯定も否定もしてこないうちに、一足先に部室を後にする。言い逃げくらいさせてくれ。割りと恥ずかしいんだから。

「遅い」
「あー、ごめんな」

 階段を降りると、案の定不機嫌なリナの姿。スマホ片手に暇潰しをしていたのか、動物を次々消していくゲーム画面が見えた。
 勘のいい彼女のことだから、俺の気持ちにもきっと気づいてる。さて俺はどうやって攻略するかななどと、俺の頭は意外とまだ冷静だ。

「……松川?」
「わり、」

 暑さで頭がやられたか、二人きりのこの時間のせいか。前言撤回。ちっとも冷静じゃなかったらしい。部室に向かおうとするリナの腕を離すには、もう少し、ほんの数秒の時間をくれ。
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