その花の名前は

05君取扱所はどこに

 ジメジメとした蒸し暑い季節も終わり、季節はすっかり夏本番。あと数日で夏休みを迎える。最後の夏服、最後の夏休み、最後の合宿。その最後の合宿準備のため、いま私はこうして重い荷物を両手からぶら下げ汗水垂らしているわけだが。
 買い出しについてこようとした金田一と渡に「練習に集中してなさい」なんて格好つけたのは間違いだったかもしれない。そろそろ指がもげそうだ。
 両手の荷物を一旦地面に置き日陰で休憩する。直射日光を浴びて頑張る野球少年、サッカー少年たちをぼんやり眺め、室内スポーツなだけマシかぁなどとぼんやりした頭で思っていると。

「なにしてんだお前」
「あ、岩泉だ」

 ポカンと口を開けたままの私を見下ろす岩泉。逆光で表情はよく見えないが、きっと呆れてるに違いない。遅いから様子を見に来たのだろうか。

「チーム戦は?」
「もう終わった。今休憩中だ」
「あらら、もうそんな時間か」
「買い出しのときは声かけろって言ってるだろ」
「かけたって」
「俺いなかったろ」
「だって、練習中断させたくなかったし」

 しょうがねぇやつ。そう言って私の両サイドにあった荷物を軽々持ち上げた岩泉。背中のシャツの色はすっかり濃く変色していた。

「岩泉、筋肉ついたねぇ」
「は?」

 唐突すぎる私の発言を不審に思ったのか、眉間に皺を寄せ困惑の表情でこちらを振り返った。こういう時の岩泉はなんだか少し可愛らしい。

「岩泉だけじゃないけど。みんな一年生の頃とは違うなって」
「当たり前だろ」

 私も、変わったかな。喉まででかかった言葉は表に出ることなく、胸の奥へとゆっくり戻っていった。

 渡り廊下へと続く道を談笑しながら歩いていたら、曲がり角の向こうから女子生徒の声がし動きが止まった。入学した時からずっと好きでした。というベターな告白台詞を聞いてしまっては私も岩泉も声を潜めざるをえない。
 小さく溜め息をついた岩泉は、両手の荷物を一度床に下げ面倒くさそうに頭をポリポリかいている。彼女らには申し訳ないが、ここでしばらく待つしかない。そう思い壁に身を預けた瞬間、聞き覚えのある声。じんわりかいてた額の汗が瞬時に引き、全身の熱が奪われたような気がした。

「おぉ、ありがとな」
「良かったら……彼女にしてもらえませんか?」

 花巻の声。ずっと近くで聞いてきた。花巻の声に間違いなかった。それは岩泉も分かったのか、少し目を見開いていた。ちらりとこちらを気にする素振りに気づいてしまい、私は余計顔をあげることが困難になった。心拍数がどんどん上がっている。女の子らしい、可愛い声だな。顔は花巻の好みの子なのかな?そしたら花巻は、オーケーをだすのだろうか。

「俺、今部活ばっかで……あんま喜ばせてやれないかもよ?」
「大丈夫です!バレーしてる花巻先輩、素敵です!」
「えっと…考えさせてもらってもいい?」

 ずん、という音をたて、鉛玉が胸に落ちたような息苦しさを感じた。廊下を走り去る可愛い足音が響く。そして、踵を返したであろう花巻の足音。断らないんだ。頭の中で同じ言葉がぐるぐる回る。

「横瀬」
「ごめんごめん!行こっか」

 遠慮がちな岩泉の声に我を取り戻し、勢いよく立ち上がりずんずん歩みを進める。しっかりしろ私。呪文のように繰り返し言い聞かせ、何事もなかったかのように体育館に戻ると一番に出迎えてくれたのは今一番顔を見たくない男。

「お、ごくろーさん」
「本当だよー。めっちゃ重かったんだから!」
「って、手ぶらじゃねーか」
「優しくて男前な岩泉が迎えに来てくれたおかげ」

 振り向くと複雑そうな表情のままの岩泉。バカだなぁ。なんで岩泉がそんな顔するのさ。
 練習再開するよー、と及川の明るい声が体育館に響く。その際、頭をぽんと撫でコートに向かう花巻に、やっぱりときめいてしまう自分がいて、胸が苦しくてしょうがない。

 IH予選での敗北、次の春高が私たち三年の最後の舞台、それらがバネになっているのか、みんな練習に気合いが入っている。なんとなく始めたバレー部のマネージャーだったが、これだけ続ければ愛着も沸くものだ。今のこのメンバーと全国に行きたい。いつからか、自然とそう思うようになった。
 そんなことをぼーっと思っていたせいか、危ない!と焦りぎみの及川の声に反応が遅れた。

「いっ……!」

 バァンッという音が体育館に響き渡る。顔面直撃を防ごうと咄嗟に出した右手。ジンジンしている指を抑えていると、一番に駆け寄ってきたのは花巻だった。

「リナ!大丈夫か?」
「大丈夫、大したことないよ」
「一応保健室行こうぜ。ついていく」

 本来なら嬉しいはずの言葉に、ついぎょっとしてしまった。今は、できれば花巻と二人きりになりたくない。脳内で、さっきの女の子の可愛らしい声がこだましている。

「俺のミスだ。俺が連れていく」
「……岩泉」

 少々乱暴に腕を捕んだ岩泉は、私の言葉なんて聞いてくれなくて。他の部員のぽかんとした顔に見送られ、私は大人しく岩泉の後をついていくしかなかった。
 体育館から保健室までの道のりがやけに長く感じるのは、この沈黙のせいなのだろう。前を歩く岩泉が何を考えているのか正確にはわからないが、きっと私のことを思ってしてくれた行動なのだろう。

「ありがとうね、岩泉」

 薄暗くなってきた廊下に私の小さな声が響く。しばしの沈黙を破ったのは、少し不機嫌そうな岩泉の低い声。

「お前は変わりすぎなんだよ」
「え?」
「嘘つくの、上手くなってんじゃねーよ」

 ぎこちなく頭の上に乗せられた手は大きくて暖かい。あぁ、なんだか安心するなぁ。こういう不器用な優しさ、一年の時から変わってない。まるでお父さんみたい。なんて言ったら、きっと怒るんだろうな。
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