その花の名前は

03触れたって君の心には届かない

 退屈な時間の終わりを告げるチャイムの音。教壇の前に立つ教師の最後の一言なんて、みんな聞いているようで聞いていない。財布を手に購買へダッシュする気満々の子や、既にお弁当を机の上に置いている子まで。そんな中私は板書の書き写しをしっかりと終わらせる。次回のテストに出てくるであろう箇所にチェックまでつけるんだから、我ながらなかなかの優等生だ。
 鞄の中からお弁当とコンビニで買ったデザートを取り出す。今日は少しだけ奮発して、プレミアムと名の付くシュークリーム。しかも新発売の期間限定だ。好きな人の好きなものだから、という理由で目につくようになったものは、いつの間にか私自身の好きになものに変わっていた。こんな少女漫画のような体験をすることになろうとは夢にも思わなかった。

「あ、リナちゃんのシュークリーム美味しそう」
「あげないよ」
「知ってるよ」

 マッキーにはあげるのにね、とでも言いたげな及川の視線が突き刺さる。なんて居心地が悪いんだ。というか、昼休みになってすぐうちのクラスに来るのはそろそろ止めたらどうなんだ?
 普段ヘラヘラしてるように見えて、及川徹という男はとても鋭く、頭がキレる。それが故に、私の気持ちに一番に気がついたのもこの男だった。きっと花巻が私のことを全く恋愛対象にいれていないことも分かってる。更に言うと、全てを悟っている今の私のこともきっとお見通し。そして敢えて何も言ってこないのだ。踏み込むべきところとそうでない部分の境界線がしっかり引けている。つくづく恐ろしい。

「それ、今日発売のやつでしょ」
「そうなの?」
「昨日マッキーが食べたがってたから」
「ふーん」

 下心が全くないなんて、そんなことはない。ただ、今日発売なのは本当に知らなかった。及川がいつも私に花巻のことを教えてくる意図がなんなのか。それが分からないようなバカではない私は、今日も彼なりのエールを有り難く受け取る。

「おっ!いいもん食ってんじゃん」

 どうやら及川の言っていたことは本当だったようだ。こちらにやってきた花巻の目がきらきら輝いている。くれ、と短く吐いたその口が阿呆のように開かれる。至近距離でこの阿呆面を見るたび、これは一体なんの餌付けだろうかと疑問に思う。私の二口分を口に含み飲み込むも、どこか物足りなさそうな花巻。目が合えばニタリと悪戯な笑みで距離を縮めてきた。やれやれと心の中でため息をつき、残りを押し付ける。

「今度なんか奢ってね」
「この前クレープ買ってやったろ?」
「その前アイス半分あげたじゃん」

 不毛なやりとりをしている私たちの距離はほとんどない。ぴたりとくっついてる腕と腕。この体温をいつも近くに感じてるのにも関わらず、一向に花巻の心に手が届かないのは何故だろうか。

 平然と私に触れないで。そんな無防備に笑わないで。もっと距離を置いて、もっと緊張して。もっと、私を意識して。

 能天気に最後の一口分を咀嚼する花巻と、頬杖をついてにこにこする及川。目の前の笑顔に今の私の空しい思いも全部筒抜けだったかなと、つい小さく自嘲した。

「つーか、お前ら本当に付き合ってないのかよ」

 近くにいた男子数人が、私と花巻を見て茶化すように言ってきたのは突然で。私は否定することも、勿論肯定することもできず目をぱちくりさせたまま固まってしまった。なんだこの空気。すごく嫌だ。私が口を開けないでいるいま、この茶化しに答えるのは花巻しかいないに決まってる。

「はぁ?付き合ってねーよ」
「距離感おかしいだろ。見ててこっちが暑苦しいわ」
「リア充爆発しろってやつだよな」
「あー、違う違う。なんつうかリナはさ」
「っ、そ、そうだよ。これはそういうんじゃなくて」

 これ以上花巻の口から直接的な台詞を聞きたくない。その一心で絞り出した声は自分でも驚くくらい震えていた。頭の中と目頭が一気に熱くなり、心臓の鼓動の速さが余計に気持ちを急かす。
 すると、突然大きな手が頭の上に優しく置かれた。強張ってた体が脳天から解されていくような不思議な力を持つその手の主はまさかの及川。予想外すぎる人物に軽く混乱してしまう。

「残念でしたー。リナちゃんは今俺と付き合ってるから!」

 少しだけ真面目だった顔つきから一変、おどけるように言ったその言葉を信じる者など誰もいない。この前できたかわいい後輩彼女はどうしたんだと、クラス中の男子からブーイングを受けヘラヘラしてる及川には本当に頭が上がらない。花巻との微妙な関係を茶化していたあの空気など、元からなかったかのようだ。

 昼休みが終わり、一番眠たい授業が始まる。こっそりとLINEを起動させメッセージを送る。相手は腹立つ自撮りアイコンの及川。

 さっきは、ありがとう

 これ以外のいい言葉がなかなか思い浮かばず、思いきって送信するとすぐさま既読のマークがついた。昼食後の授業が退屈なのはみんな同じなようだ。

 いいよ、あれくらい

 なんの絵文字もスタンプもない、たった一言のメッセージがやけに頼もしく感じた。
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