とっくに炭酸も切れてまるでぬるい砂糖水のようになったコーラを一口飲んでから、大親友は私にこう持ち掛けた。
「ねえ、一緒に青春しない?」
……は?

汐宮ハルカとは幼稚園の付き合いだが、彼女はとても行動力がある、と私は認識している。クラスで演劇をするならばいつも主役に立候補したし、小学校では児童会長、中学では生徒会長を務めていた。部活こそ入っていなかったが、地域のボランティアサークルと合唱サークルで積極的に活動する姿をよく目撃した。
腐れ縁というべきなのだろうか、幸か不幸か私はハルカの隣を十年以上キープし続け、クラス演劇で準主役を演じたり、会長を補佐するための児童副会長、生徒副会長の立場だったりした。ただ、サークルは誘われたものの入らずじまいだ。興味がなかったわけではないが、私の放課後の時間の大半は幼い妹二人の世話に費やされていたのだ。そのため、学校では常にといってもいいくらい一緒にいた私たちが、こうやって放課後にだらだらと駄弁るのは全くないとは言わなくとも割と珍しいことではあった。
うだるような暑い夏。傾いてはいるもののまだ沈もうとはせずに粘る太陽が、私たちに照りそそぐ。やばい、まさか外でこんなに日に当たるとは思っていなかったから、日焼け止め、塗ってなかった。ああ、運動部でもないのに今年もまた小麦色になってしまう。そんなことを考えていた時に隣から降ってきたのが「青春しない?」という言葉で、私はまぬけな顔で疑問符を浮かべるしか出来なかった。
「今あたしたちは高二の夏なわけじゃん?」
まあ、それは当然で自明なことである。私たちは高二だし、ここはグラウンドへ下りるためのやたらとごつい石の階段で、今は授業終了のチャイムから一時間ほどたった放課後である。
「はあ」
「何かを始めるには絶好の時期だと思わない?」
「はあ……でも、ハルカ既に色々やってるよね。また何か始めるって、そんな」
今日はたまたま予定がないらしいが、基本的にハルカは忙しい人である。例えるならマグロみたいな、暇であることが許せない、という感じの。
私の気持ちを汲み取ってか、ハルカは丁寧に説明をしてくれた。
「合唱サークルもボランティアサークルも活動中止になっちゃったのよ」
「え、なんで?」
市民で結成されるサークルというものはそう簡単に活動中止になどならない気がするのだが。純粋な疑問を頭に浮かべ、私は聞き返した。するとハルカはスクバを持って勢いよく立ち上がる。それから
「マジ、ありえないんだけどーーーー!!!!!」
と叫んだ。グラウンドで部活をしていたサッカー部はみんな私たちへと視線を向ける。さっきまで息のそろった合奏を見せていた吹奏楽部の音はハルカの声に驚いてかガタガタと崩れ、やがて止まってしまった。帰路へ着こうと歩く生徒たちがざわざわと困惑の様相を醸しだし、しかしそのざわめきはすぐに収まった。ああ、また汐宮ハルカか、と。
中学までは何でもできて頼れるリーダーだったハルカは、高校へ入ると少し変な子、という目で見られることが多くなった。別にいじめられているとかではないし、本人も気にしてはいないようだ。というか、その変化をなによりも気にしてるのは私だ。自慢の大親友が変に思われるのが嫌で…違う、大親友を変に思われることで自慢げに気取ることが出来なくなったのが嫌だったのだ。
叫んで少し落ち着いたのか、ハルカはまた石段に腰を落ち着ける。スカートに砂がつかないように、石段にはハンカチを置いていた。意外と、というのが正しいのか私にはわからないが、ハルカは割に「ちゃんと」している子なのだ。きっと、私とは違い日焼け止めもきちんと塗ってきているのだろう。そういえば、小さいころからハルカが日焼けしているのを見たことがない。
「三丁目に山下さんっていう家あるでしょ?」
「三丁目…山下さん……」
私は記憶を巡り山下さんとやらを必死で検索する。ハルカとは家が近いので、彼女の言う三丁目は私の思う三丁目と同一であるはずだが何分地域交流を碌にしてこなかった身である。唸っても山下さんのことは何も思い出せなかった。
「山下さんちの息子さん…といっても、30行くか行かないかくらいの歳で、ボランティアサークルにも合唱サークルにも入ってくれてたんだけど」
「へぇ」
私の頭の中に山下さんに関する記憶が新たに入り込んでくる。が、きっと明日には忘れてしまうだろう。
「そのね、……」
ハルカが珍しく言いよどむ。
「覚せい剤取締法違反で捕まったのよ」
「えっ!?!?!?!?」
私の中で山下さんの情報が忘れないフォルダにストン、と落ち着く。
「だからね、活動中止っていうよりは自粛かなあ…合唱はともかく、犯罪者がいたサークルでボランティアってのもなかなか割り切れないだろうし」
「…なるほどなあ……」
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