ぽつ、ぽつ、とバスを待つ二人の肩に水滴が落ちる。それは斑点のように地面へ広がり、慌てて染岡はリュックから二人分の折り畳み傘を取り出した。

「あめゆきだ……」

受け取った傘を開きながら吹雪はそう呟いた。

「雨雪?」
「そう、あめゆき。霙のことだよ。めずらしいなあ」

染岡の方を見て微笑みながら吹雪は答えた。
バスは来るはずの時刻を数分過ぎたが来る気配がない。片田舎の小さなローカルバスだからそれもよくあることだ、と染岡は諦めていた。吹雪に至ってはバスが遅れていることさえも知らない。1日の計画は全て染岡に任せっきりだったからだ。

「これだと、夜にはぼたん雪が降るね。いい雪だるまが作れそう」
「雪だるまくらい、北海道だったら作り放題だろ?」

そう言った染岡に、吹雪はひらひらと右手を振って「違うよー」、と否定する。

「北海道の雪はさらさらで、雪だるまどころじゃないんだ。水気が無いから固まりっこないよ」
「はぁ?水気って、雪だって水だろ?」
「だから違うんだってば。寒いから溶けないんだよ」
「溶けたら水になってそれこそ雪だるまなんて作れないだろ」

なおも理解出来ないというように首を傾げる染岡に吹雪は呆れたようにため息をついた。

「もういいよー。……こんど北海道に来てよ。そしたら分かるから」
「あ、ああ。そうか、そうだな」

笑う顔が二人ともぎこちなかった。
北海道はとても遠くていつ行けるかなんて分からない。今まで一緒に居るのが当たり前すぎて、その距離を忘れていただけなのだ。

「染岡くんが北海道に来てくれたら、いっぱい観光案内してあげるから、さ。」
「ああ。楽しみにしてるぜ」
「何なら家族で来てもいいよ!ご挨拶しなくちゃね」

灰色の風景に光が差し込む。ようやくバスが来たことを悟った染岡は傘を手放し空いた両手で思いきり吹雪を抱き締めた。

「染岡くん……恥ずかしいよ。ほら、バスが来ちゃった……」
「吹雪……」
「ね、もう行かなくちゃ」
「……遠いなあ、北海道は」

バスが止まり、早く乗れと促すようにクラクションが鳴った。響くその音が、別れなくてはいけないことを痛いほど痛感させた。

「そうだね、遠い……でも、ほら、サッカーやってればまた会えるよ」
「…あ、ああ。」
「なに、泣いてるの?ははっ、」
「お前だって、ブッサイクな顔だな」

二度目のクラクションが鳴り、吹雪が肩を掴む染岡の手を退けた。その顔は染岡の言うとおり涙でぐしゃぐしゃだが、表情は気丈だった。

「ほら、染岡くん。笑ってよ…」
「おぅ、悪いな。みっともなくて」

染岡は袖で涙を拭ってから吹雪に向かって笑う。

「今日はわざわざありがとうね」
「いや、こっちこそ…」


「大好きだよ、染岡くん。……じゃ、またね」


三度目のクラクションが鳴り、光はバス停から遠ざかって行った。


「バスなんて、一生こなけりゃよかったのに……」

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