いらいらいらいら。その日は朝からいらいらしてた。特に何かがあった訳じゃないけど、無性に気分が悪い日。誰にだって年に数回はあると思う。
頭が痛いし、なにやらぼんやりしていて何もやる気が起きない。目覚まし時計を見ると7時を指していて、本来ならば目覚めなくてはいけない時間だった。……面倒だな。
一度そう思ってしまうと、もう起きなくちゃ、などと言う気は起きなかった。そうして僕は布団に潜り、再び惰眠を貪ることにしたのだ。毎日毎日練習に勤しんできたのだ。1日くらい休んでも起こられる謂れはない。

次に目を覚ましたのは10時。練習の始まる時間だ。眠気は既になかったので適当にテレビをつける。しかし、この時間の番組などたかが知れてる。どこも通販やくだらないドラマの再放送ばかり。はあ、日本も終わってるなあ、なんて人事みたいに考えた。僕みたいな人間を日本代表に選ぶくらいだから、終わってても仕方ないけど。

お腹が空いたのでトーストを焼いてはちみつをかけて食べた。甘い。甘いのは嫌いじゃないけど、1日の初めに味わう味覚が甘さなのは人間として駄目な気がする。
とにかく、トーストだけでは健康バランスが悪すぎる。とりあえず牛乳、と考えてベッドから腰を浮かしたけれどちょうど切れていたことを思い出した。あー、もう、最悪。嫌なことは重なるものなのだ。

やたら高い通販番組のおじさんの声が耳にくる。買う気も無いのに見ていても仕方がないのでチャンネルをかちゃかちゃと変えてみるが、特に面白い番組はなさそうだった。スポーツニュースでサッカーの話題が出ていて、すこしいらいらが増した。
今日の僕はすこぶる機嫌が悪い。どうしてかは分からないけれど。



ピンポーン、

そこで丁度チャイムが鳴った。こんな時間に誰だろう。いや、こんな時間もなにもうちに訪ねてくる人なんてそう居ないけれど。

ピンポーン、

はあ、煩いなあ。新聞か宗教の勧誘でしょ、どうせ。出なくてもいいよね、今気分悪いし。仕方ない仕方ない。

ピンポーン、

ん、やけにしつこいなあ。もしかして大事な話?いやいや、そんな分けないよね。はあ、頭いたいんだからチャイムの音はキツいんだ、って言ってるのに。……いや、言ってないけどさ。

ピンポーン、

……仕方ない。出よう。そう思って重い腰をあげる。僕にここまでさせたんだからそれなりの代償を貰わなくちゃいけないな。男だったら一発殴って、女だったら――んー、顔見て決めよう。そうしよう。かわいかったらとりあえず犯す。かわいくなくても許容範囲なら犯す。

「はいはーい」

気だるげな声を隠そうともせず扉をガチャリ、と開ける。目の前にいた人物は少し意外だったけど、まあ予想の範疇である。さすがにチームメイトを殴るわけにはいかない、か。

「緑川、くん」

「あ、吹雪。どうしたんだ?練習…」

こういう連絡って普通マネージャーとかがくるものなんじゃないの?、と少し不思議に感じたが、とりあえず中に入るように促す。掃除はこまめにしてるし、隠さなきゃいけないようなものも思い当たらない。

お邪魔します、と行って中に入る緑川の背中を見てから扉に鍵をかけた。
居間の丸テーブルに座る緑川はどこか萎縮しているようだった。けど、はじめてくる他人の家なのだからそれは当たり前の反応だろう。

「で、緑川くん、どうしたの?」

朝ごはんの後片付けがてら台所に行き、コップに麦茶を入れて緑川に差し出す。迷う素振りを見せたが、結局口をつけずに緑川は話始めた。

「吹雪が遅いから、キャプテン達が心配して、それで、俺が確認しにきたんだ。電話、繋がらなかったし」

そういえば、携帯の充電が切れてたことを思い出す。仮宿だから家電はつないでないし。それならば確認するには直接赴くしかないだろう。また、だからといって緑川が来る必要はどこにもないんだけど。

「選手が確認に来るの?普通はマネージャーとかなんじゃない?」

「えっ?あ、そう、かな。そうかも」

案の定、緑川はそこまでの考えに至っていなかったらしい。育ってきた環境のせいなのかもしれないが、それにしても猪突猛進型のようだ。

「あ、いや!そうじゃなくて…吹雪、どうして練習来なかったんだ?」

緑川はどこか強ばりながらも僕にそう問いかけた。いつもの僕とはちがう雰囲気を感じ取ったのかもしれない。けれど、ここまできてしまったらそんなことはもう関係のないことだった。

「ねぇ、緑川くん」

「あ、え?何?」

「僕、頭が痛くてさ」

「あ、そうなんだ、えっと大丈夫?連絡入れてくれば――」

「だからイライラしてしょうがないんだ。ねぇ、緑川くん。君が来たからイライラがぶり返してきたみたいなんだけど、責任とってくれるよね?」

緑川は怯えたような、いや、実際怯えてるんだろうけれど、泣きそうな目で急に立ち上がった僕を見上げた。今にも逃げ出しそうだったから手首をつかんで肩を乱雑に押し付けた。
緑川を組み敷くような体制をとると、ついに彼はわんわんと泣き出した。それが愉快でたまらなく、征服欲が満たされていくのを感じた。

「やだ、ねぇ、吹雪…なに?どうしちゃったの…」

どうしたもこうしたもない。このたまらなく歪んだ存在が吹雪士郎なのだ。

さて、これからどうしようか。首に手をかけようか迷ったが、殺すのは良くない。うん、それは非常に不浄で不条理で不利益なことだ。だったら何をしようか。

ふと興味を持ったので緑川の目から流れ出す滴をなめとってみた。…うん、しょっぱいね。


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