例えば俺に羽があったならば、一之瀬、土門、マークとディラン。カップリング要素は皆無です。





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「例えば、俺が事故に遭わなかったら……」

病室でぽつり、と漏らした声に土門がぴくりと反応する。それは何度も何度も、土門と秋が話した妄想の世界。そして、その何倍もの回数、一之瀬が願った幸せな世界。
面会時間はあと少しで、帰り支度を始めていた土門は椅子に座り直した。一之瀬の顔は悲痛に暮れてはいなかった、けれど、放っておける訳がない。

「俺はさ、今ごろまだサッカーしてるんだろうな」

何処か遠くを眺める一之瀬を見ながら土門は先ほどの医師の宣告を思い出した。

もう二度とサッカーは出来ません。

命の危険はない。日常生活に支障はない。でも、サッカーはできない。そんな人生は意味があるのだろうか。この先生きていて楽しいと思える日がくるのだろうか。

「一之瀬……」

「さっきのことは、FFFが終わるまでは円堂たちに言わないでくれ」

「あ、あぁ」

一之瀬は強い。こんな状況で泣きもせず、弱音も吐かない。それどころか他人を気遣いさえもする。……そんな風に繕っている、土門はそれを分かっていた。だからこそ、一之瀬がそう思われるのを嫌っていることも理解していた。

つまりは一之瀬一哉は弱いのだ。

「土門、面会時間もうないから、帰っていいよ」

「やだよ。このままじゃお前、消えちゃいそうだしな」

ははは、消えないよ。いつもより少し弱い声が病室に響く。一之瀬は土門の方を見据え、小さく息を吐いた。

「土門、さ。何か勘違いしてるよね」

「勘違い……って」

困惑した表情で狼狽える土門とは対象的に、一之瀬の瞳には新たな闘志が浮かんで見えた。

「俺は何も捨てるつもりはないよ」

一之瀬がその言葉を言い切ると同時に廊下から慌ただしい声が聞こえだす。もう面会時間は僅かだと言うのに、いったい誰が。そう考えた土門は立ち上がり、病室のドアを開け、廊下を覗き込む。……そして、叫んだ。

「……お前ら…っ!」

慌てて病室を出ていく土門に、取り残された一之瀬はひとり小首をかしげる。何があったのか気にはなるが、未だ立つことすら出来ない足では様子を見に行くことなど不可能だ。
しばらくして土門がチームメイトの二人をつれて病室に戻ってきた。何故だか二人ともしょげた顔をしている。

「マーク!ディラン!……久しぶりだな」

「ああ、カズヤ。」

「元気そうで何よりだよ」

マークとディランは言いながらも何処かそわそわした体であったが、それを土門が威圧しているようだった。何があったのか、そう一之瀬が聞く前にその理由は自ずと明らかになった。

「ほら、渡すものがあるんだろ」

土門が促すとマークとディランがそれぞれお見舞いの品を差し出す。二人とも手にして居たのは大きな花束で、お見舞いには少し似つかわしくない花も混ざっていた。

「ジャパンではお見舞いには花が定番だ、って聞いたから……」

「それで、だったら日本の花を混ぜたらカズヤも喜ぶ、ってマークが……」

「でも、確認もせずに買ってきたのはディランだろ!……それで、さっきジャパンのマネージャーに偶然会って……」

言い合いを始めた二人を軽く制止、土門が後を引き継いだ。

「誰か亡くなられたんですか、って聞いたんだとさ」

「ジャパンのマネージャー……ああ、さっきまで秋が来てたから」

マークとディランが手にしていたのは菊とユリの花束で、確かに日本ではお葬式の花として定番だ。それでも、一之瀬は二人から花束を受け取り、近くの花瓶に入れた。

「気にするなよ、マーク、ディラン。来てくれただけでもうれしいよ」

「「か、カズヤ……!」」

力一杯二人がかりで一之瀬をハグしにかかったマークとディランに、土門は小さく苦笑した。





「土門、さっきの続きだけど、」

マークとディランが帰った後、面会時間は過ぎていたけれど土門はまだ一之瀬の病室に居た。一之瀬の両親が生活用品を届けにくるという連絡があったのでそれまでは待っていることにしたのだ。

「さっきの……?」

花瓶に水を注し終えた土門が椅子に腰掛けながら、“さっきの”、とはなんの事かと思案する。

「事故に遭わなかったらうんぬん、ってやつ」

「ああ……。でも、諦めないんだろ?」

「当たり前だよ。翼なんてなくとも、空は飛べるさ」

今度はしっかりと空の向こうを見据えて一之瀬は言った。翼が有ろうと無かろうと、不死鳥とはやはり一之瀬にふさわしい、そう土門は感じた。

いつかまた空に羽ばたく日が。


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マークとディランの意味?……入れたかっただけさ!





ごめんなさい。
菊はともかく、ユリはお見舞いではタブーです。気を付けましょう。
他に、赤い花や鉢植えもやめましょう。

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