あの太陽は優しく眩しかった後半。



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手を握ったこともあったし、放課後のキスなんて慣習になってた。数えられる程度だが、体を重ねたことだってある。そのどれもが心地よかった。
なのに、小さなテーブルを挟んだ1メートルの距離が気まずい。お茶を出し、テレビをつける。たわいもない話をする。まるで毎日顔を合わせる普通の友人同士のようだ。
今の生活について話すとき、何故だか俺はいつもより饒舌になれた。あいつが居なくても俺の日常は平穏に回っているということを知らせたかったのかもしれない。なんて、嫌みな性格。最悪。

あいつに会うのはだいたい5年ぶりだった。俺たちが高校受験の勉強に終われていた時、急に居なくなったのだ。正しくはアメリカに帰っただけだったのだけれど、連絡があったのは昔馴染みの木野さんと土門だけだったらしい。その時にはすでに恋人ではなかった、それでも、あいつに一番近いのは自分だと自惚れていた俺はショックで。

あいつが居なくなったと知った日、俺は携帯を壊した。
電話しよう、メールしよう、そうしたらあいつと繋がっていられる。そんな下らないことを考えた自分が嫌になったから、家の二階から思いきり携帯を落とした。バラバラになったそれを事故で壊したと親に言うと、高校に入学するまで買いなおさないと宣告された。その方が都合が良いと考えた俺は小さく頷いた。
もしかしたら、その後あいつから連絡があったのかもしれない。でも多分ないんだろうな、と俺は何故だか確信していた。


それ以来。忘れてはいなかったが既に俺の中では思い出でしかないあいつが目の前にいる。


「半田はさ、全然かわってないな」

あいつはこっちの気も知らないで笑顔で言う。相変わらず遠慮という言葉をしらないようで、もう二杯目のお茶を飲み干しそうだ。

「そうか?そりゃ、お前に比べたらな」

「はは、まあ、色々あったよ」

笑うなよ。なんだかむしゃくしゃする。あいつは俺の部屋をまじまじと眺めだす。大したものなんてない、けれど都心から少し離れているせいもあり安いわりには好物件1LK風呂つきな我が家。というか、我がアパートにはあまり物に執着がないので殺風景だ。しかし、物珍しそうにあいつはぐるりと目線を一周させる。まあ確かにずっとアメリカにいたのなら今の日本に興味があって当たり前なのかもしれない。

「懐かしいな、」

壁に貼った中学の時の、FFの写真を見て小さく呟いた。

「へえ、お前くらいのやつはそんなこととっくに忘れたかと思ってた」

ああ、また、俺の口からでるのは卑屈な言葉ばかり。それでもあいつは俺に小さく笑いかけるようにして言葉を紡いでいく。

「忘れないよ。大事な思い出だから。」

「い――、」

「半田のことも、一瞬も忘れたことなんてない」

一瞬も、なんて確実に嘘だろう。どこの少女漫画だ、ばか野郎。口に出そうとした言葉は音にならず、代わりに目の奥から何かが込み上げてきた。暖かい何かが俺の頬をつたい、あいつは慌ててハンカチを取り出して俺に心配そうな目を向ける。ばか野郎、もう一度つぶやくと今度は音となりあいつにも聞こえたようだ。それと同時に何かがさらに溢れ出る。口に入ると塩辛かった。涙だ、と理解した頃にはあいつのハンカチが俺の頬を流れる涙を拭っていた。
顔が近い。あたまがくらくらする。一瞬も忘れなかったのは俺だっておんなじ。今でさえこんなに好きなのに、あの時はどうして別れたんだっけか?もう思い出せない、それくらいちっぽけな理由で別れたことを今更後悔する。


「な、泣くなんて、ごめん、俺」

「ううん。泣き虫なとこも変わってなくて安心した」

「泣き虫じゃ、ない」

あいつの肩を軽く押し、もう大丈夫だと伝える。それでも離れる気は無いようで、気づいたらあいつはテーブルのこちら側にきていて俺は抱き締められていた。

「痛い」

「だって、こうでもしないと離れていきそうだから」

「離れていったのはお前だろ」

言ってから俺はあいつを強く抱きしめかえす。0距離はひどく心地よく、これが俺たちの定位置かと錯覚させるほどだった。

「お前は、いっつも一人で勝手に決めちゃうし、別れた、時だってっ」

自分で言いながら思い出した別れの理由。あいつが急に「俺は半田にふさわしくない」とか言い出してからの大喧嘩だ。全然ちっぽけじゃない。なのに忘れていたのは俺が忘れようとしていたからだろう。

「半田……」

「居なくなって三日は泣いた!すげー寂しくて、おかげで受験失敗した!お前にとって俺はただの仲間だったかもしれないけど、俺はまだお前が好き、だったし、」

大声で一息に言うと口の中が乾いて気持ち悪かった。それなのに目からはまた涙が溢れてきて、体内の水分事情を憂えた。

「ごめん。俺が弱かったから」

ぽんぽん、とあいつの手が俺の背中を叩く。

「半田にさよならを言う強さがなかったから」

「ばかだな…っ!言わないで居なくなられたら、嫌い、に、なったのかと思う、だ、ろ」

涙を啜りながら早口で言うと、あいつは耳元で、嫌いになんてなれないよ、と呟いた。



「ねえ、半田」

「何だよ」

だいぶ落ち着いてから俺たちは布団に入る。もちろん、布団はちゃんと二組敷いた。時計を見ると午前三時。いくら明日は休日とは言えさすがに寝なくてはいけない時間だ。俺自身も眠くて目をこする。あいつの問いにも眠気からかぶっきらぼうな返答をしてしまい、少し後悔した。

「人を二人称で呼ぶ癖、まだ治ってないんだね」

「ああ、うん。そうかも」

考えてみると思い当たる節がいくつかある。けれど、なぜあいつが急にそんな話を持ち上げてくるのかがわからない。

「だから、何?」

「だからさ、俺のこと名前で呼んでよ」

「え、やだ」

「だって今日一回も名前呼んでくれてないじゃん」

「わかったよ、一回だけ」

「うん!」

「一之瀬、」

「……。」

「なんで不機嫌そうなんだよ」

「な・ま・え!」

「は?」

「名字じゃなくて、さあ」

「はあ?一回でもお前を名前で呼んだことあったっけ?」

「あった!」

「そうか?そう、か……」

「そうそう!」

「分かったよ、……一哉」

一之瀬はとびきりの笑顔を俺に向け、おやすみと小さな声で言った。おれも、おやすみ、って小さく返した。

次の日の朝はおはようで始まり、すぐに飛行場まで行かなくてはいけない一之瀬を送り出した。さよなら、ではなく、またね、で。





一之瀬からのメールを見て、一気に様々な事を思い出した。どうやらアドレスは俺も一之瀬も昔使っていたもののままらしい。結局あれ以来互いに連絡は取り合っていなかったし、社会人というのは忙しいもので一之瀬ことを思い出す機会もあまりなかったけれど。

けれど、何故だか涙が止まらなかった。




結婚することになりました。






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半田も一之瀬も常識人だからどのルートを選んでもハッピーエンドにはならない。中学の時に青春は味わい尽くした感じ。
全角5000字こえたものを書いたのは久しぶりでした;

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