北海道の冬は寒い。こんなに寒いのに、何故わざわざ生温い東京から北海道まで出てこなくてはいけないのか。雪まつりだとかスキーだとか、そんなのこんな北の果てまでこなくともちょっと東北まで足を伸ばしたら充分にたのしめる。…いや、東北もやっぱ寒いな。長野辺りでなんとか。

「酷い言いようだね、風丸くん」

「…皆は?」

「出てったよ。というか、うつったら困るから無理やり出てかせた」

「吹雪は?」

「僕は風邪ひかないたちだから」

「…悪い」

…そりゃあ、久しぶりにみんなで集まって旅行だなんてわくわくしてたよ。なのに、うっかり風邪をひくだなんて。吹雪にも迷惑かけることになってしまったし、北海道の冬の寒さを愚痴るぐらいいいだろう。

「ルームサービスで卵がゆたのんだから、食べるよね?」

「…そういや、お腹すいたな」

「薬も貰ってきたから、おかゆ食べてから飲みなよ」

テキパキと動く吹雪は頼りになる。元々が世話好きなのだろう。ホテルの五つとったツインルームの中に半ば隔離されている俺には救世主のような存在だ。

時刻を確認するためにサイドボードに目を向けると携帯の点滅が見えた。少しのタイムラグの後、メロディが鳴り出す。
…円堂。

「もしもし?」

通話ボタンを押すやいなや騒がしい幼馴染みの声が聞こえた。周囲の音声も不必要に拾い、どうやら鍋を食べているということが分かる。昼間っからそんな重たいものを食べるのか、と思いふと時計を見るとすでに5時をまわっていた。…ということは、夜ご飯か。まさかまる1日近く眠っていたとは。
電話を切ると、吹雪がおかゆの乗ったお膳を持ってくる。隣には薬と水が置かれている。電話をしているうちにルームサービスが来ていたようだ。
お膳を受けとるとサイドボードに起き、それにあわせて体の向きも変える。向かいのソファに座った吹雪はテレビをザッピングしながら声をかけてきた。

「円堂くん?」

「ああ、楽しくやってるみたいだったよ」

「そっか」

どことなくそわそわしているように見える吹雪は、諦めたようにテレビを消した。
それから、ちらちらとこちらを見てくる。…なんなんだ、いったい、と不審に思いながらおかゆを食べ進めていて、はたと気がついた。

「もしかして、行きたいのか?なら、俺のことは気にせず―」

「やっ、違う、…そうじゃなくて」

吹雪も円堂たちに合流したいのかと思い、そう言ってみたのだが慌てて否定されてしまった。それから、意を決したように小さく息を吸って、

「…風丸くん、円堂くんだけ着メロ違うよね…」

「――!」

予想だにしていなかった言葉を口にした。

「ご、ごめんね。寝てる間に何件か着信あって、もしかして、って…あの、…」

俺はよっぽど酷い顔をしているのだろうか。吹雪の声がだんだん小さくなるのに、何も返事が出来なかった。
…そう言えば、昔は吹雪のこのやたらと聡いところが嫌いだったっけ。でも、今となってはいい機会なのかもしれない。吹雪とならそう頻繁に会うこともないのだし、内心気持ちの整理をつけたがっている自分にも気づいていた。

「…風丸くん?」

「俺さあ、円堂のこと好きなんだよな…」

「…知ってる、けど…」

そう、多分俺が円堂を好きなのは皆しってることだ。分かりやすかったし、分かりやすくしてたし、まず外堀を埋めていくのが恋愛の常套手段だと思ってたし。
でも、うっかりして外堀を埋めたあとどうしたらいいのか分からなくなってしまった。

「好きって気持ちだけで、付き合いたいとかいっしょにいたいとか、そういうの、いつの間にかなくなっちゃった」

「だけど、好きでいれたらそれでいいんじゃないの?」

「依存してるんだよ。円堂と、円堂を好きな自分に」

「好きって、そんな悪い感情じゃないと思うけど」

「…定期的に、円堂を殺したくなるとしても?」

「それが風丸くんの愛なら、否定はしない。…実行はさせないけどね」

一文字一文字必死で紡ぐ俺に、吹雪ははっきりと言葉を返す。それが何だか俺を安心させた。

「風丸くん、さあ…、やっぱり考えすぎなんだよ」

吹雪はおもむろに立ち上がり、閉じられたままだったカーテンを開ける。窓の外には札幌の夜景が広がった。…円堂はいまどのあたりに居るのだろうか。

「いいじゃん、まだ若いんだから。僕だってたまには人を殺したくだってなるよ」

「…若いって、」

若いと言っても、もうアルコールを飲める年なのだが。

「ほら、薬飲んで!円堂くんが帰ってきたら、殴るくらいは許してあげるから」

「いや、別に殴りたいわけじゃ…」

「いいじゃん、すっきりするかもよ?」

あっけらかんと言いながら窓の外を眺める吹雪がなんだかやたらと頼もしく見えた。
一発くらいなぐるのも良いかもしれない。多分、やっぱり円堂を好きじゃなくなることなんてないと思うけど。


―――――




ほんとうはもっと鬱々しくてどうしようもない話を書くつもりだったのですが、「私の中の最強の吹雪」像がなんだかすごく可愛かったのでこんな感じになりました。いくつなんだろうか。


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