「迷子の迷子のおまわりさん♪こまってしまってわんわんわわん、わんわんわわん♪」

「…おまわりさんが迷子なのか…それは困るな…」

でたらめな歌詞の童謡にツッコミをいれられ、思わず半田は声の主を凝視する。部室に一人だけだから、と油断してる場合ではなかった。誰かに聞かれたとなると、とたんに恥ずかしくなってくる。

「おうっふ…か、風丸…ノックくらいしろよ」

「なんでだよ…部室にノックもくそもないだろ」

そうですねー、とぞんざいに返事をして着替えを再開する。日直だったので自分が最後だと思っていたが、風丸が遅れるとは珍しい。

「って、あれ、風丸着替えねぇの?」

制服のままの風丸は机に座って紙の束を凝視していた。半田の質問にシャツの右袖を軽く捲って答えの代わりにする。風丸の右手首にはぐるぐると包帯が巻かれていた。

「うへー…捻挫?」

「いや、腱鞘炎。悪化したらいやだから、しばらくやすむ」

「腱鞘炎って、勉強しすぎたらなるやつ?」

「いや…心当たりはないんだけどな」

それより早く着替えろよ、という風丸の言葉に従いいつの間にか止まっていた手を動かす。

「右手って、不便だなー」

「んーまあな。」

「あっ、でもでも、今日部活休めるのは羨ましーなー」

風丸の正面にある椅子に座り、ソックスを穿きながら半田はだるそうに言った。
それに苦笑しながら言葉を返す。

「こらこら、怒られるぞ」

「誰に?」

着替えを完了させた半田はしばらく居座るつもりのようだ。

「誰がいい?」

にやにやと笑いながら風丸が訊いてくる。一番怖いのは鬼道だが、一番鬱陶しいのは染岡で、一番きついのは円堂だ。誰に怒られたい、なんてことはない。出来れば誰にも怒られたくない。ただ、強いて言うなら

「風丸?」

「…え、俺?」

「そう」

「…俺、すっげー怖いよ?」

言いながら目を細めて半田を睨むようにする。顔だけ見れば確かに怖いが、風丸が本気で怒ったところを見たことがないので、上手く怖さを推し量れない。というか、風丸は基本的に怒らないたちなのではないか。

「いや、違うな…」

「何が?」

「風丸は、怒るのって苦手でしょ。」

半田の言葉に風丸は不意をつかれたようにきょとんとした表情を浮かべる。数瞬の沈黙のあと、何故か風丸は手で顔を覆ってしまった。

「え、え、何なの?」

「いや、半田の言う通りかも、って…それどころか、喜ぶのも悲しむのも全部苦手、かも」

「あーそんな感じ」

「どんな感じだ、よっ」

よっ、にあわせて風丸は勢いよく半田の椅子を蹴りあげる。さすがに浮きはしなかったが、その衝撃に前のめりになってしまう。

「でも、風丸、照れるのだけは上手いよ、なっ」

起き上がりながらそう口にして、お返しとばかりに今度は半田が風丸の椅子を蹴りあげた。…が、間にあった机に阻まれて半田は脛を強打してしまう。

「い…ってー」

脛をさすりながら涙目になる半田の様子を声をあげて笑う。それに対し、キッ、と睨み付けるがまったく効果は無いようだ。

「一番怖くないのは半田だなー」

「それは、自分でもちょっと思うけど……あー…でも痛ー…やっぱ今日休むかな…」

「何でそんなに休みたいんだよ」

風丸は紙を脇に挟んで立ち上がると、すでに30分以上の遅刻である半田の腕をとる。半田はしぶしぶ立ち上がると、わざと痛そうなそぶりを見せた。

「シャトルランだったんだよ」

「なるほど、で、何回?」

部室のドアを開けると、既にストレッチを終えたチームメイトが練習を開始しているのが見えた。

「102」

「俺の勝ち、121回」

「風丸に勝とうなんて思ってねーよ…学年トップ?」

「さあ?二組がまだじゃなかったっけ」

「つまり、今のところはトップなわけだ」

「多分な、ほら、行ってこいっ」

ぐだぐだ会話を続ける半田の背中を左手で打ち、仲間に合流するその様子をみる風丸に後ろから声がかかる。

「風丸くん」

「木野…重そうだな、手伝おうか?」

木野は両手にドリンクを抱えていて、たしかに重そうに見えた。しかし、気をつかう風丸に対し、木野はいいよ、と首をふる。

「怪我人に持たせられないよ」

「…そう重症でもないんだが。…そういえば、円堂ってシャトルラン何回だったか分かるか?」

「…うーんと、…たしか、81回だったかな…?」

「持久力はもっとあるはずなのに…バカだからしかたないのか」

「もう、風丸くんったら…」

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風丸と半田にどうでもいい会話をさせたかった。
円堂は、ドレミファソラシドのリズムに上手く乗れないイメージ。


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