「ダメダメダメダメ!絶対駄目だからな!!」

風丸の必死の拒絶を円堂は呆れたように見る。基本的に強情な風丸だが、ここまで断固として拒否しつづけるのは珍しいことだった。
でもなあ、と少しでも円堂が反論しようとすると手近にあった枕を投げる体勢をとる。ついに暴力に訴えてきたか、と小さく円堂がため息をつく。

「風丸、とりあえず落ち着けっ…ぶはっ……」

なんとかして手なづけようと宥めにかかるが、聞く耳を持ってはいないようだ。風丸の投げた枕はクリーンヒットし、まぬけな声を出しながら円堂は後ろへ倒れることになった。
「風丸ぅー…」

床に転がったままねだるように言ってみても風丸はキッとにらみ返すだけだ。このままじゃあ埒があかない。
よっ、と勢いをつけて起き上がった円堂はその勢いのままに風丸に向けて枕を投げ返した。

「うっ、わ…何するんだ!」

「それはこっちのセリフだ!」

怒ったように言う風丸に、円堂は思わず言い返す。先に投げてきたのはそっちなのに、酷い言い種である。しかも、風丸はひょいとうまい具合に枕を避けていたので円堂のような無様な格好になったわけでもない。

「……」

一瞬憮然とした顔のまま黙って静止したかと思うと、今度はティッシュケースをつかむ。また投げるつもりなのか。これ以上自分の部屋をめちゃくちゃにされてはかなわない、と円堂は降参のポーズをとった。自分の部屋と言っても合宿所の、ではあるが。



「…だからさ、ごめんって」

どうして自分が謝らなきゃいけないのか、そう心の内で思いながら円堂はそう口にした。形だけではあるが頭も下げる。態度がなってない、だとか、心がこもってない、だとか文句を言われるかと思ったが、風丸は何も言ってこなかった。
代わりに鼻をすするような音が聞こえてきて、何事か、と顔を上げると風丸が今にも泣きそうな表情を誤魔化そうとしていた。

「…あの、風丸?」

「…なんだ」

「えーと、…そんなに嫌だったのか?」

控えめに円堂が尋ねると、枕をもとの位置に戻しながら「当たり前だ」、と吐き捨てるように言った。もちろんまだ泣きそうな顔はそのままなので、まるで必死に強がる小さな子供のようだ。

「あの時の俺を、円堂にだけは知られたくない」

少し視線をさ迷わせてから、呼吸を整えて円堂を真っ直ぐ見据えた。

「本当に、いやなんだ」

「でも、DEの時のお前をつれてきたとしても、俺と接しないようにさせれば…」

「本当に、いやなんだ」

本当に、の部分を強調して同じ言葉を繰り返した。その剣幕に円堂は少したじろぐ。

「何しでかすかわかんないし…」

「自分の事だろ?」

「…そうだけど。何て言えばいいかな、あの時は心のリミッターが全部外れちゃったみたいな状況だったし…」

言いにくそうにしているのは、風丸自身がそのことを過ちだと考えているからだろう。でも、それは違うのに、決して過ちではないのに。円堂が悶々としている間も、風丸は言葉を続ける。

「強くなりたい、だけじゃなくて、……円堂のこと、許せない、って思ってた。ただのやつあたり…いや、やつあたりですらない醜い反感だったけど…」

そこまで言うと、風丸の目から涙が溢れ出てきた。あわててティッシュを取ろうとするが、あいにく円堂とは対極の風丸が座る隣にそれは鎮座していたので諦める。どうせならさっき投げさせればよかったか、と頭の片隅で考えながら机を挟んだ向こう側に手を伸ばす。とくに意図があってのことではなかったのだが、円堂のその手は風丸によってはらわれてしまった。

「やっぱり、俺、お前と一緒にいる資格ないな…」

泣きながら必死に笑みをつくる風丸に、円堂は一度はらわれた手をもう一度伸ばして、軽く抱きしめた。

「うっ…円堂ぉ…」

「資格とか、勝手に決めるなよ」

「でも、俺はお前を傷つけた俺自身を、一生許せないんだ…」

「俺は許すも許せないもないけどな」

それに本当はDEの時の風丸の本当の本当の本心を知りたいのだ。本人が嫌だと言うのなら今は無理にとは言わないが、受け入れる準備は最初から出来ている。

「お前は、眩しすぎるんだ」

円堂を離しながら風丸はそう言って力なく微笑んだ。結局、風丸の手が円堂を抱きしめ返すことはなかった。


12:Apr:3rd/top