「ロールキャベツ…」

「味には自信がある。食べてみてくれ」

テーブルに並ぶ豪華な食事に風丸は思わず舌鼓を打った。彩りも栄養バランスも完璧に計算し尽くされた食事の中でも特にロールキャベツは美味しそうに見えた。
逸る気持ちを抑えて、小さく切り分けたロールキャベツを口に運び、風丸は小さく呟いた。

「おいしい……」

「だろ?」

予想通り、という満足気な顔をした豪炎寺だったが内心とてもホッとしていた。本当ならガッツポーズを決めたいくらいだ。

「すごいな、家でロールキャベツなんて言ったら冷凍食品が当たり前だから」

「慣れれば簡単だ。…教えようか?」

「…遠慮しとく」

少し考えてから辞退を申し出た風丸は自分と豪炎寺の自炊力の差を考え項垂れた。

「豪炎寺の奥さんは幸せだな」

「なんで?」

「料理が下手でも困らないから、毎日美味しいもの食べられるし」

そう言って笑う風丸に、豪炎寺は思わず「嫁に来てくれ」、と言いそうになる。もちろん思い止まった。そもそも付き合ってすら居ないのだ。変なやつだと思われてはかなわない。

「風丸になら毎日料理を作っても構わない」

豪炎寺がいろいろ考えて出した言葉に、風丸は笑ってくれた。よかった、と思うと同時に豪炎寺の心のなかにはどうしようもない虚しさが渦巻いた。




二人とも要領がいいので食器洗いだお風呂だのといった雑事をてきぱきと終わらせ、九時をすぎた頃にはさあもう寝るだけだ、という状況に…は、なからかった。

「…悪い、豪炎寺!」

「いや、俺のクラスもこのあたりはまだだから予習になって助かる…けど、この問題は…」

「やっぱ豪炎寺でも難しいかー」

風丸が明日の授業で当たっているという問題を二人がかりで解くが、なかなか解答に辿り着けない。基本的にどの教科もよくできる風丸が解けないだけでなく、数学だけなら学年1位である豪炎寺まで苦戦しているのだ。よっぽどの難問なのだろう。

「いいよ、無理しなくても。いざとなったら先生に聞くし」

長引きそうだ、迷惑をかけてはいけない、と風丸がそう口にした。しかしノートを片付けようとする手を豪炎寺が阻んだ。

「…もう少し考えてみる」

「豪炎寺、これ以上は申し訳ないし…」

「…もう少し、」

言い出したら聞かない豪炎寺の性格は風丸も重々承知していたので、小さくため息をついてから手を引っ込めた。
シャーペンをくるくると手持ち無沙汰に回しながらぼんやりと豪炎寺を見る。そういえば、豪炎寺と二人だけでこんなに長い時間過ごすのは初めてかもしれない。風丸は何の気なしにそう考えていた。







「悪い!」

次に風丸が見たのはホットミルクを飲む豪炎寺の姿だった。壁にかけた時計がさすのは11時50分で風丸の記憶からは二時間ほどずれていた。つまり、いつの間にか寝てしまったということになる。

「気にするな…」

それよりほら、と差し出されたノートにはびっしりと解答が書かれていた。しかも分かりやすい説明付きだ。

「これで当てられても大丈夫だろう…て、風丸…?」

豪炎寺がかけてくれたのであろう毛布を手に握りしめたまま風丸は深々と臥せった。いわゆる土下座というやつだ。

「本当に、もう、なんと言ったらいいのか…」

くぐもった声でひたすら謝る風丸に豪炎寺は苦笑した。きっと風丸は多大なる迷惑をかけてしまったと思っているのだろう。そんなことはない。むしろ、豪炎寺は風丸の為に何か出来ることを幸せに感じていた。

「風丸、いいから」

「よくないっ!迷惑かけてばっかりじゃないか!…豪炎寺が良くても、俺はよくないんだ」

これでもし風丸が他人を頼みにすることを厭わない性格なら二人は上手く需要と供給が釣り合い万々歳だったはずだ。しかし、そうそう上手くいくはずがない。どちらかと言うと風丸も他人に頼られたいと感じるタイプだったし、その上内心ではプライドが高く他人に負担をかける自分を許せはしなかった。
風丸はやけになって半ば叫ぶように自責の念を口にする。その上手で顔を隠し、会わせる顔がない、と言わんばかりに頑なにうつ向いていた。

「そんなに謝られても、困るんだが。」

「すまん!…あ、いや、謝っちゃいけないのか…ええと…」

「あと、顔を隠すのもやめてくれ」

「あ、ああ。そうだな!分かった!」

そうして手を外した風丸を見て、豪炎寺はその単純さにたじろいだ。今なら頼めば何だってやってくれそうな気さえしたが、不埒な気を押さえてとりあえずは未だ申し訳なさで顔を曇らせる風丸を落ち着けさせることに専念する。

「別にお前は気にするな。俺が好きでやったことだ」

「でも…」

「もう一度言うぞ、俺が好きでやったことだから気にするな」

念を押すように言うと、しばらく悩んでから風丸は呆れた顔をした。

「強情だな。…そこまで言うなら気にしないでいてやるよ」

強情はどっちだ、豪炎寺はつっこみたくなる心を押さえ代わりに軽く息をついた。

「…そうだな、助かる」

「あ、待て、これじゃあ俺がわがままなやつみたいだ…申し訳ない、って思ってるのは本当だし、」

「見れば分かるよ」

「豪炎寺ばっかに色々やらせちゃってるから、豪炎寺の頼み、ひとつきいてやる…違うな、きかせてください、かな」

風丸の申し出に豪炎寺は意外そうに目を見開いた。

「何でもいいからさ、何かないか?」

何でもいい、なんて言われてしまうとさっき消したはずの不埒な考えがまた浮かんできてしまう。風丸のことだ、何を言われても実行してくれるだろうが今後に影響が出るようなことにはしたくない。
豪炎寺は1人悶々としばらく考え続けた。

「じゃあ…」

意を決して述べたその発言に、今度は風丸が目を見開き、ぱちくり、と驚いたようにまばたきをした。








「へー、豪炎寺って1人じゃ寝れないのか…子供みたいだな」

「な、意外だよなー」

他言無用、で頼んだのに風丸は豪炎寺の‘お願い’をあっさりと円堂に話してしまった。その様子を見て項垂れるが、すぐにまだましだと考え直す。円堂ではなく察しのいい誰か――マックスや鬼道あたりに知られたらことの次第では豪炎寺の好意から全てを悟られてしまうかもしれないのだ。

「風丸…」

「あ、他言無用だっけか?悪いな」

部日誌を書きながら軽く謝る風丸を見て、豪炎寺は昨日の遠慮がちでしおらしい風丸を懐かしく思った。

「あ、それと、豪炎寺…」

今日も泊まらせてくれないか?、その言葉に豪炎寺は今度こそダメかもしれない、と心の中で葛藤を繰り広げるのだった。










――――――――――――

「別に俺ん家に泊まってもいいんだぜー?母ちゃんだって詮索しないって」

「…うーん…、違うんだよ」

「何が?」

「別に、もう親と喧嘩してないんだ」

「…え?」

「豪炎寺の家があまりにも快適で…」

「じゃあそう言えば良いのに」

「え、えー…いや、無理だろ」

「そっか?そうかなあ…。豪炎寺なら良いって言ってくれそうだけど」

「そうじゃなくて、恥ずかしいだろ」

「恥ずかしい?なんで?」

「いや、…なんでだろ」

「へんなのー」

「えー…?うーん…」


11:Nov:21st/top