真面目なことは良いことだ。
真面目な恋人を持つことも良いことだ。
けれど、真面目な恋人は俺と付き合い続けるのを良いことだとは思わなかったらしい。


卒業式の次の日、風丸一郎太は豪炎寺修也の家に来ていた。なんてことはない、何時ものように遊びにきただけだと豪炎寺は思っていた。あるいはせいぜい、寮に入ると中々会えなくなるから思い出作りのつもりか、程度にしか考えは及んでいなかった。
風丸は最後まで豪炎寺や円堂と同じ高校に入るか悩んでいた。まず始めに風丸は推薦の誘いを全て蹴り、それから試験勉強を進めた。自分の可能性を減らしたくなかった、そう言った風丸を豪炎寺は素直に尊敬した。もちろん、自分のエゴで風丸を同じ高校に行くよう仕向けたりもしなかった。結果、違う高校に行くことになったが後悔はしていない。
それは風丸だって同じだと豪炎寺は思っていた。
今の今までは。

豪炎寺の部屋に入った途端崩れるように座り込み、幼い子供のように風丸は泣き出した。
普段大人びて冷静な風丸のそんな姿は恋人の豪炎寺さえも今まで見たことはなかった。幼なじみの円堂なら有るのかもしれないが、そんなことは関係ない。ただ、豪炎寺はどうしたらいいのか必死に思考を巡らせた。

「…風丸……」

声をかけ風丸の隣にしゃがみこむが、風丸は豪炎寺を一瞥しただけで泣き続けた。あまりにあどけなく脆いその様子に、豪炎寺は風丸の肩を抱く。すると、すがり付くような風丸の手が豪炎寺の体を抱き込むようにした。そのまま勢い余って倒れ、肘を付いた体制になり、豪炎寺はぽんぽんと優しく風丸の背中を叩いた。まるで赤子をあやすような仕草ではあったが、安心したのか風丸の泣き声はやがて小さくなり、じきに寝息に変わった。



「……悪かった、本当…何て言えばいいのか」

一時間後目覚めた風丸は豪炎寺を下敷きにしていたことに焦り、慌てて謝りはじめる。そんなことは気にするな、と豪炎寺は言うのだが人前で泣いてしまった事を含め風丸にとっては取り返しのつかない事だったらしい。

「頼む、泣いたのは忘れてくれ…」

「…良いじゃないか。なかなかそそるものがあったぞ」

「…お前なあ…俺がどんな思いで…っ」

失言に気づいた風丸は慌てて口を閉ざすが、豪炎寺は悟く耳に入っていたようで小さく笑い、聞き返した。

「どんな思いで?…なあ、何で泣いたんだ?」

「お前、最低。…分かってるんだろ」

豪炎寺の意地の悪い問いにぷい、と風丸は顔を反らしてしまう。そのあからさまな反応に思わず豪炎寺は声をあげて笑った。

「最低最低最低!」

今度は対照的に豪炎寺の顔に正面向いて罵倒を飛ばす。冷静で仲間おもいで真面目でしっかりもので、何ていう周囲の評価とは少しずれたその姿を自分だけの特権として豪炎寺は心に残す。
おそらく、風丸も豪炎寺も思いは同じなのだろう。



「…なあ、豪炎寺。」

一段と落ち着いた声で語りかけてくる風丸の声に豪炎寺は特に返事をせず耳を傾けた。

「自分で決めたから後悔はしていないはずなんだ。でも、豪炎寺と一緒にいられないなんて苦しくて息ができなくなりそうで…」

「俺もだ。…風丸がいないと思うと、荷物整理もはかどらない」

「やさしいな。嘘つきのくせに。…でも、荷物整理は手伝ってやるよ」

「……そうか」

結局恋人らしいことは何一つしなかったな、そう思い返しながら荷物を積めていく手に迷いは無かった。
したいのならこれからでもできる。
それは甘えでも弱さでもなく俺たちの生き方だから。



別れよう、と言われるのかと思った。
別れよう、と言い出そうかと思った。
でも、そうしなかったのは俺たちが弱いからか。
それとも、俺たちが思っていた以上に俺たちの絆が強かったからか。


11:Oct:5th/top