「ヒ〜ロ〜ト〜」

「はいはい、何?緑川」

リビングにあたるホールでソファに座り一人新聞を読んでいた基山。いつもはうるさいお日さま園だが、今日は近くに移動遊園地が来ているらしく、ほとんどみんな出払っている。ヒロトも興味が無いではなかったが、それよりもゆっくり過ごすことを選んだ。
そんなヒロトの静かな時間を遮ったのは緑川の声だった。ヒロトとしてはとっくに緑川も出掛けたと思っていたが、そうではなかったらしい。読んでいた本を閉じ、目線を声のした方へと移動させると、ソファの裏から体を乗り出した緑川と目があった。

「…出掛けてなかったの」

質問というよりは確認として口に出したヒロトの言葉に、緑川は、はぁ〜、っとわざとらしくため息をついた。

「ヒロトと出掛けたかったの!」

「……なんで?」

「………なんでなんでとか言うんだよ!」

緑川の必死の叫びにヒロトは思わず笑ってしまった。その様子に緑川は顔を赤くし、それからそそくさとヒロトの隣に座った。

「ヒロト、ひどいよね」

「ごめんごめん。大夢とかと出掛けるのかと思ってた」

「誘われたけど断った。ヒロト、やっぱ酷いな」

むすっ、と頬を膨らます緑川を見て、ヒロトは百面相みたいだな、と考えた。コロコロ変わる表情は見てて飽きない。

「かわいいね、緑川」

「……そういうのいらないから」

ヒロトが思ったままを口にすると緑川は顔を背けてしまった。そんな様子もかわいい、とヒロトは思わずにやけてしまう。

「じゃあ、何が欲しいの?」

ヒロトが尋ねると、緑川は顎に指をあてしばし思案するようなふりをしてからこう答えた。

「遊園地に誘ってくれる恋人、かな」

「そうか。それは残念だな」

「…なんで」

「俺もあいにく"遊園地に誘ってくれる恋人"は持ってないんだ」

ヒロトの言葉に緑川は数瞬ぽかん、とした表情を浮かべた。それから眉間にシワを寄せ、ヒロトをじっと睨みつける。
緑川の望みを理解しながらもはぐらかし続けるヒロトも、まさか睨まれるとは思っておらず、少したじろいだあと降参の意を示すために両手を上げた。

「一言だけ言わせてあげるから、ちゃんと言えよ」

腕を組み、すましたように言う緑川はどこか滑稽だったがここで笑うときっと怒られる。三日は口を聞いてくれないこと間違いなしだ、そう考えたヒロトは緑川が望んでいるであろう言葉を口にした。

「遊園地、一緒に行こうか?」

「…そうだな、ヒロトが行きたいんだったら一緒に行ってもいいけど」

緑川はやはりすましたように答えたが、それでも内心わくわくしてたまらない、というのがわかりやすい。玄関までスキップをしていた。
ゆっくりとすごしたいという望みは叶えられなかったが、たまには一緒に出掛けるのも悪くはない。ヒロトは立ち上がると緑川のあとを追って玄関へと向かった。


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