病院へ引き返すと、案の定すぐ医師に見つけられた。必死に懇願し茂人の病院を聞き出すと急いで向かった。
208号室。二階の端の病室に入院着を着た茂人がいた。

「…どうしたの、晴矢?」

意識不明だとか、沢山の管が繋がれているだとか、そういう想像していた恐ろしい光景はそこにはなかった。夕日の光を浴び静かに俺に笑いかける様は、昔見たのと同じだった。

「いや…、危ない、って聞いたから、…」

「誰から?…はは、大袈裟だなあ。晴矢なら俺が昔から入院ばっかしてたの知ってるでしょ」

「…あ、ああ。そうだな」

いつもと同じ。何もおかしな所はない。
そう思いながらも嫌な予感は消えなかった。それでもそんな俺の気持ちを悟られないように一生懸命たわいもない話をする。
途中でプロミネンスの誰かが来るかと思ったが、結局は杞憂だった。それがまた俺の不安を掻き立てた。

見舞いの時間終了の音楽が鳴る。これも小さい頃から聞きなれた音楽だ。
茂人に明日また来る、と告げ病室をあとにする。
階段を降りたあと、急に肩を叩かれた。誰だろうと確認すると、それは吉良財閥お抱えの医者で、よく見知った人だった。

「南雲くん…、ちょっと、話があるんだ」

俺が頷くとその人は小声で話始めた。

「厚石くんはエイリア石がなければ激しい運動は出来なかった、そうだよね?」

「…はい、あの」

「…エイリア石は確かに素晴らしく体力を増幅させた。でも、エイリア石はもうない」

「…」

「…単刀直入に言おう。厚石くんは、エイリア石がなければ生命維持が困難な状態にある」

「…それって、」

「エイリア石のせいではないよ。どちらかといえば、エイリア石があったから今まで生きてこられた、という方が正しい」

「…どうすれば、いいんですか」

俺の言葉にその人は答えなかった。どうするもこうするもない。エイリア石が無ければ茂人は死ぬ、エイリア石があれば茂人は死なない、それだけだ。
だけれど、もうエイリア石が悪いものだと俺の頭にはインプットされてしまっている。つまり、なんだ、死なせない方法を知っているのに死ぬことを強制させないといけないのか。
あまりにぐるぐるする頭に耐えられなくなり、俺は再び茂人の病室に駆けた。見舞い時間なんて関係ない。いつ居なくなってしまうのか分からないのだから、今いくしかないのだ。

扉を開けるといつの間に来たのかそこには杏と夏彦が居た。二人ともその手には禍々しく光るエイリア石を持って。
三人が俺に気づき目線をこちらに向ける。いたたまれなくなり思わず俯いた。

「…晴矢…。聞いたんだね、俺のこと」

頷くと茂人は薄く微笑み、それから杏と夏彦を見た。

「やっぱり、駄目だよ。エイリア石に頼るのはいけない」

「でも!お前、死ぬんだぞ…エイリア石使ったって許されるって…、な」

思わず声を張り上げる夏彦を悲しそうに一瞥してから、茂人はぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「運命なんだよ、きっと。誰も何も悪くない。…でも、エイリア石を使って生き長らえる資格は、俺にはないよ」

「そう…じゃあエイリア石は施設に返すわ」

杏は冷静に呟き、茂人の目を真っ直ぐ見据えた。

「だったら、自力で生きなさい。死んだりしたら、だめだから」

言ってからまだ何か燻っている夏彦を連れだし、病室を出る。
ふたりになった病室はどこか寂しげで、胸がきりきりした。

「…なんか、疲れちゃった」

相変わらず能天気そうに茂人は微笑んでいる。昔から一緒にいたはずなのに、今でも茂人の本心は読めない。


「晴矢、おやすみ」

そう言って目を閉じた茂人に慌てて駆け寄り、思わず呼吸を確かめた。確かに呼吸を続ける茂人の体はどうしようもなく儚く見えた。




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