茹だるような夏の暑さのなか、学校の中で図書室は唯一のオアシスでした。でも、俺の頭のなかはぐるぐるのぐちゃくちゃで、涼むどころでは有りませんでした。



「へぇ、染岡サッカー推薦受けないんだ」

知らなかった知らなかった。最近部活に顔見せてないのは知ってた。最近図書室によく行ってるのも知ってた。
でも、まさか、受験勉強してるなんて、知らなかった。
もはや雷門はサッカー名門校だ。俺でさえサッカー推薦で高校を決めたのだから、染岡にはそれこそ選びきれないくらいの誘いが来ただろうに。

「ねぇ、どこ受けんの?」

「…北高校」

染岡が告げたのは地元で三番目位に頭のよい高校で、そしてサッカーの超名門校の名前だった。……ついでに、そこの推薦を受けたのは雷門じゃただひとり。

「…確かに、北高は染岡でも入れるくらいバカ高だけど…」

「…なんだと…ケンカ売ってんのか」

「違う…けど、何でわざわざ……」

分からない。染岡の考えてることが、全然分からない。染岡だってサッカーがしたいはずなのに、我慢してこんなとこで毎日毎日勉強してる。

「推薦受けたら楽なのに…」

「楽って…サッカーするための勉強なんだから、別に無理してやってるわけじゃねぇし」

「でも、北高行っても……」

「レギュラー取れるか分からない、ってか?そんくらい分かってるよ」

分かってるなら、何で。どうして。楽してサッカーやれるならそれに越したことないじゃんか。
自分が文句言えるような立場じゃないのも、自分が今染岡の勉強を邪魔してるのも理解していた。分からないなら分かろうとしなければ良いのに、執着心が変な感じに渦巻いた。

「…半田はどうしてサッカーはじめたんだ?」

「……テレビでJリーグ見て、かっこよかったから…」

「…じゃあ、どうしてサッカー続けてるんだ?」

「…そりゃ、サッカー好きだから…」

そこで染岡は息をついた。それから俺を真っ直ぐ見据えて言った。

「俺は、円堂がいなきゃサッカーやめてたよ」

「…それは、そうかもだけど」

「あいつのサッカーを、もう少し近くで見てたいんだ、だから」

染岡はズルいよ。何でそんなに偉いんだよ。俺だって負けないくらいサッカーが好きな自信はある。けど、やっぱり何から何まで負けてるんだ。弱いから。
気がつくと、涙が流れ落ちてきた。

「……え、おい、半田っ」

驚きあたふたする染岡に、すがり付くように顔を押し付ける。いい年して泣くところなんて見られたくないというのと、弱さを慰めて欲しいという思いが交錯していた。
染岡の座っていた椅子のとなりに俺を座らせ、染岡はあやすように俺の背中をたたく。

「…染岡らしくねぇ」

「悪かったな、生憎同い年の男を泣き止ませるのは初めてなんだ」

俺はいつからこんなに卑屈になってしまったのだろう。弱くて惨めだけれど、負けたくはない。

そうだ、俺も北高校を受けよう。推薦は断って、…なんて、なんか贅沢してる気分になるけれど。

「……俺、円堂もだけど、染岡がいなかったらサッカーやめてたよ、きっと」

「………そうか」


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