ノイジングワールドさみしくない、なんて言ったら嘘になるよ



「風丸!デートしよう、デート!」

風丸の部屋の扉を思い切り開けて、円堂は笑顔でそう言った。久遠監督から午後の練習は休みだと告げられた直後のことである。

自室で汗を拭いていた風丸は、当然であるが呆れた顔をしていた。

「デート、って…出掛けるってことだろ。疲れてないのか?」

「え?全然!」

円堂が元気よく答えるのを聞いて風丸はため息をついてからたしなめる。

「だとしても、俺は疲れてるんだ。悪いが遊びに行きたいなら他をあたってくれ」

他と言っても、みんな風丸と似たり寄ったりで、たまの休みにはゆっくりしたいと考えているだろう。もしかしたら綱海なら海に繰り出すかもしれないし、立向居あたりは例え疲れていても円堂の誘いなら行くと即答するかも知れない。しかし、円堂のような疲れ知らずはそうそう居ないのだ。

けれど、円堂は疲れ知らずなだけでなく諦めも悪いのだ。古い付き合いの風丸はそれを理解していたはずだが、早く休みたい一心でだったので適当に済まそうとしていたのが仇になった。

「ちがう、遊びたいんじゃなくて、デートしたいんだ」

ごねるように言ってから、円堂は何かを思い付いたようだ。

「そうだ、お家デートしよう!」

宿舎からは出ないで、一緒に居れたらそれでいいからさ、そう続ける円堂に、風丸は抵抗することを放棄した。
何したい?、と言う円堂は提案を決定事項としたらしい。自分勝手にも程があるが一応意見を求めるだけましかもしれない。

「…とりあえず、風呂」
「よっし!じゃあ俺着替え取ってくるから、五分後に風呂の前な!」

勢いよく言ってのけてから円堂は風丸の部屋を後にした。あまりの早さに口を挟み損ねた風丸は、少ししてから慌てて立ち上がり準備を始める。実のところ、ゆっくり風呂に浸かるのを1日で一番楽しみにしているのだが、円堂と一緒では疲れをとることもままならないだろう。風丸はそう考えまた深いため息をついた。別に円堂と共に居るのが嫌なわけではないが、ジレンマのようなもやもやした気持ちを抱えながら風丸は風呂場へと向かった。


「風丸!」

風呂場の入り口には既に円堂が待っていた。普段の約束事には大概遅れるのに、何がここまで円堂を突き動かすのだろうか。
風丸が入り口から中を覗くと、まだ早い時間だからか入浴中の人は居ないようだった。その後ろから中の様子を見渡し、「二人きりだな」、と笑う円堂に、風丸は何故だか悪い気はしないと感じた。何だかんだで彼もやはり円堂の事が好きなのだ。
普段、円堂の周りにはたくさん人が居る。昔馴染みの風丸にとってそれは何処かさみしい事だった。しかし、今だけは円堂を一人占め出来るのだ。心なしかにやにやする風丸に、服を脱ぎながら円堂は不審そうな視線を送った。


「なあ、風丸」

体を洗うのもそこそこにお湯に浸かった円堂が、丁寧に髪を洗う風丸に声をかける。

「なんだ?」
「…いや、髪、伸びたよな、って思って…」
その言葉に風丸は洗髪していた手を止め、首を傾ける。

「そうか…?うーん、結んでるからかな。あんまり分からないけど」
「伸びてるって!だって前は脇辺りまでだったのに、今はもう腰につきそうだし」
「大袈裟だな、流石にそこまでは長くないよ…でも、まあ、最近ばっさりとは切ってないな」

言いながら髪をまとめ、風丸も円堂のそばへ寄りお湯につかる。ふぅ、と息を吐き、それから円堂の方を向いた。

「うーん、昔は短かったよな。いつからだっけ、伸ばし始めたの」
「小3かな。…長いの、嫌か?」

円堂の発言を気にして風丸は自らの髪に触れ、落ち込んだようにうつむいた。それに気づいた円堂は慌てて否定する。

「違う、違うって。風丸の髪は綺麗だよ」
「本当か?」
「もちろん!サッカーやってるとき、俺の位置から風丸の髪が靡いてるのがよく見えるんだけど、すっげーきらきらしてるんだ!」
「…アフロディの髪とどっちが綺麗?」
「え、うーん…」
「そうか、悩むのか。円堂にとっては俺ってその程度なんだな」

そっぽを向く風丸を見て円堂は弁明を述べるが、風丸は依然として円堂を見ようとはしない。だんだんと焦りが募り、円堂はこれ以上にないくらいの声で叫んだ。

「だって、髪とか関係ない!俺は風丸が好きなんだよ!!」

何処か論点のずれたその叫びに風丸はくすくすと笑いだした。風丸の態度が演技だったとやっと気づいた円堂はがっくりと肩を落とす。ははは、と円堂の姿を見て微笑む風丸の肩を掴み、円堂は念を押すように言った。

「好きなんだから、しょうがないだろ…」

その真剣な態度にはじめはキョトンとしていた風丸だったが、頭の整理の後、円堂の肩を掴み返して囁く。

「俺も好きだぜ」


さて、出るかと風丸が円堂に声をかけると、円堂は真っ赤な顔でのぼせる寸前のようだった。慌てて円堂の手を引いて脱衣所へと連れていき、ぱたぱたと団扇で扇いでやる。その円堂の顔を見ながら、やっぱり円堂とゆっくりお風呂なんて無理だったのだ、と風丸は悟ったのだった。

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