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知らない世界に来てから数週間をずっと、与えられた部屋で引きこもって過ごした。途中、偉い人が来て話をしようとしたり、なんとか委員会の子供がお世話をしにやって来てたけど、布団に籠城して全部無視した。とにかく気持ちが底へ底へ沈んでいって、誰かに会える状態じゃないんだ。

「…また、置いてある」

今日も人の気配が過ぎるのを待ち、ようやく布団から這い出ると、枕元にお盆が置いてあった。起き上がって、食事がのっているだろうそれに手を伸ばす。ご飯とか、着替えとか、体を拭くためのお湯みたいな生活に最低限必要なものは、こんなふうに、いつのまにか枕元に備えられている。正直、とっても助かっている。いつも誰が置いて行ってくれるんだろう…。あたしは、その誰かに感謝した。知らないうちにそっと置いて行ってくれるやり方は、あたしの、誰にも会いたくないという気持ちを汲んでくれているような気がしているからだ。普通なら拾ってやった見知らぬ女が世話だけさせてお礼も言おうとしないなんて、図々しいと思うんだけど。あたしのお世話をしてくれている人は、それでもいいよって言ってくれている気がしている。まあ、全部あたしの勘違いかもしれないけどね。

「ん?」

今日のお昼はおうどんだった。おあげとかまぼこがのっている。食欲ないけど、頑張って食べるか…そう思った時、お盆の端に、なにかが置いてあるのを見つけた。

「花…?」

それは薄紫色の、小さな花だった。花には詳しくないけど、その飾り気のない姿から、花屋なんかにはおいてない、その辺に咲いているやつだとすぐに理解する。あたしはそれを手に取った。

「もう、花なんて咲いてるんだ」

もとの世界にいた最後の瞬間は冬だった。薄い色の空、裸の街路樹、学校指定の紺色のコート。そういえば、ここに来た時、季節はどうだったんだろう。気が付いた時は運び込まれていたから分からない。そういえば、今まで襖も開けていなかった。それに気がついて、あたしは立ち上がり、襖の所へ行った。

「わ!」
「!?」

襖に手を伸ばした途端、勝手に開いたので驚いた。開けた本人も、入ろうとしたらすぐに人がいたのでびっくりしたらしい。彼は声をあげて止まろうとしたけど、間に合わなくて、結局あたしにぶつかってきた。

「す、すみません!」

男の人の体重を支えきれなくて尻もちをついたあたしは、誰だよって顔をあげる。その人はどうやらぶつかっても転んだりはしなかったらしい。腰をかがめて、こっちに手を伸ばした。

「別に、平気」

ぶつかってきたのは、あたしに状況の説明をした人だった。名前は確か…あれ、長ったらしい名前だったから、忘れちゃったな。でも、まあいいかと、あたしは伸ばされた手を取って、起き上がらせてもらった。彼は立ちあがったあたしをまじまじと見て、ほっとしたように表情を緩めた。

「良かった。もう起き上がれるまで回復されたのですね」

本気で心配していたと分かる親切な口調に、なんだかひねくれた気持ちになって、ぷいとそっぽを向く。

「…体が悪かったわけじゃないし」

そんな子供っぽい態度をとったあたしに対して、目の前の人は優しい微笑みを崩さなかった。

「どこかへ行かれるおつもりだったのですよね。なにか困りごとでもありましたか?」
「そういうわけじゃないけど。…ただ、外を見てみようと思って」

あたしはお盆の上に置いたままの花を見た。

「花、置いてくれたの、あんた?」
「差し出がましいかとは思ったのですが…少しでもお慰みになればと」
「…そう」

別に、外を見ようとしたのには理由なんかない。添えてくれた花がかわいかったとか、その気遣いが嬉しかったとか、そんなこと全然考えてないから。あたしはなにかに反抗するみたいに黙り込む。そうしてうつむいたあたしに、その人は言った。

「…もしよろしかったら、少し庭を散歩してみませんか」

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